第128話 「新たな出会い」
ドゥメール伯爵邸金曜日午前6時30分……
フランの母、アデライド・ドゥメール伯爵は毎日夜明け前に起きて前日の魔法の研究のお浚いをしながらゆっくりと朝食を摂るのが日課である。
今朝も彼女はいつも通り、魔導書に目を通しながら紅茶を啜っていた。
「お早うございます、母上!」
そこへ息子のジョルジュが爽やかな笑顔を浮かべながら、大広間に入って来る。
彼の様子を見たアデライドがほうと息を吐いた。
ルウが教育係りを任されてから、ジョルジュは週末に実家に帰って来てこの義兄に魔法の教授をして貰っている。
私やフランが魔法の手解きをすると言っても頑なに拒んでいた癖に……
幼い頃から母や姉の魔法に秀でた才能に比べて自らの不幸を呪って来たジョルジュは最初から努力を諦めていた節があった。
いきなり現れたルウに対して、貴族としての気位の高さから最初はたかが平民と反発していたジョルジュ。
しかし母や姉以上の魔法の才能に圧倒されてしまった上に、同性としての気安さと親身に面倒を見てくれるルウにだんだんと親しみを感じて来たようである。
だけど変ね?
私の魔眼が感じているけど……ジョルジュの魔力量があがっている!?
そこにルウとフランが腕を組んで現れる。
一緒の部屋で夜を過ごす事を許してから2人の距離は更に縮まり親密になったようだ。
フランは甘えた仕草で何かルウに囁いている。
それを見たアデライドは微笑ましく感じながらも苦笑していた。
フランはフランでルウにメロメロね。
結構、我儘な娘だった筈なのに好きな男性が出来ると変わるわ。
まあ、女は好きな人の前では良い子に見せたいし、私もそうだったけどね……
「おはようございます! 兄上。おはようございます、姉上」
朝食の席に着いたルウとフランにジョルジュが元気良く挨拶をした。
「ああ、ジョルジュ、お早う」
「ふふふ、おはよう! 朝から張り切っているわね、ジョルジュ」
「ええ、当然です、姉上。俺は魔力量が増えた上に新たな道も開けそうな予感がするんですよ」
姉フランの言葉に気合の入った表情で答えるジョルジュ。
「魔力量が!? 凄いじゃない! そんな事、普通じゃ有り得ないわ」
「兄上の指導の賜物です。出来れば魔法男子学園に来て指導して欲しいくらいです」
「へぇ、そこまで……って駄目! 旦那様は魔法女子学園の大事な先生なんだから」
傍で姉と弟の会話を聞いていた母アデライドがジョルジュに問う。
「ジョルジュ、お前――新たな道が開けたって言ったわね。それはどのような意味かしら?」
「母上、残念ながらそれはまだ秘密です。ねぇ兄上」
ジョルジュは悪戯っぽく笑うとルウに向き合ってまだ秘密にしようと同意を求める。
「ああ、アデライド母さん。ジョルジュは、ある魔法の才能があってそれを伸ばせる事が分った。頑張って修行すればその道ではひとかどの魔法使いになれる筈だよ」
ルウはジョルジュの言葉に頷きながら、きっぱりと言い放った。
昨夜、鑑定魔法の手解きをしたルウはジョルジュにその才能がある事を見抜いたのである。
ルウの言葉を聞いたアデライドは驚きのあまり口を開けたまま彼を凝視し、その後、慌ててジョルジュを見詰めた。
そして見る見るうちに目に涙を浮かべて息子に頭を下げたのである。
「御免よ、ジョルジュ。お前の事を魔法の才があまり無いとか、平凡だのと散々言って。私は見誤っていたわ」
涙を浮かべて謝罪する母アデライドの姿にジョルジュは慌てて席を立ち上がり、飛んでいって彼女を抱き締めた。
「母上、お願いですから、そんな事を仰らないで下さい。自分でさえ今でも信じられなくて吃驚しているくらいですから」
「あああ、やっぱりお前は優しい子ね。よかった、本当によかった。無理をしないで頑張るのよ」
アデライドはそう言うとルウに向かって息子をお願いしますと改めて頭を下げたのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ドゥメール邸正門前、午前7時30分……
「兄上! 今度は身体の鍛錬にも付き合って下さい! というわけで俺は早速、馬車など使わずに歩いて学園まで行きます」
ジョルジュは馬車の傍らに立っているルウにそう言って屋敷を飛び出して行く。
「身体の鍛錬ねぇ……私も耳が痛いわ。旦那様やジゼルほどの鍛え方は無理だけど頑張ろう」
そんなフランの呟きにアデライドも頷き、毎日馬車を使っている私達には縁遠い格言だねと笑う。
「確かに健全な肉体には健全な精神、いわゆる崇高な魂と素晴らしい魔力が宿る! って昔から言うからね」
母娘で楽しそうに会話をしながら出勤する2人をジーモンが澄ました顔で見送ろうとしている。
「あら、ジーモン。何か言いたそうね」
「奥様、身体の鍛錬ですか? 私でよろしければいつでもお手伝い致します」
「う~ん、せっかくのお前の好意だけどお断りするわ。私はお前や伯父様のようにガチムチな筋肉の鎧を纏いたくありませんからね」
「ええっ!? ガチムチ? き、筋肉の鎧って」
アデライドの隣ではフランが口に手を当てて必死に笑いを堪えていた。
落ち込むジーモンを放置してアデライドはさあ出勤するわよと、ルウとフランの2人を促し馬車に乗り込む。
「ガチムチ……」
暫くして馬車が出発してからもジーモンは呆然とその場に立ったままであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
一方……
自宅を出たジョルジュは朝の清廉な空気の中、魔法男子学園への道を力強い足取りでゆっくりと歩いていた。
彼は大きく深呼吸をする。
大気に満ちた魔力が自分の魔力と前向きな気持ちを満たしてくれるのを感じていた。
今日からは通常自分が学んでいる学科の他に鑑定魔法の書をじっくり読み込んで勉強すると決めている。
魔法男子学園の登校時間は魔法女子学園と同じく午前8時30分なのでまだまだ時間はあった。
天気が良くて気持ち良いなぁ……遅刻は不味いけど15分くらいだけ本を読もうか?
ジョルジュは通学途中にある小さな公園のベンチに座り込むと鑑定魔法の本を開き、読み始めた。
読み進むと今迄とは違って内容が面白くて堪らない。
やがて1人の法衣を着た少女が来て向かい側のベンチに座ると読書に夢中になっているジョルジュの姿をぼうっと見詰めている。
暫く経ってから自分への視線に気がついたジョルジュは少女を見詰めた。
サラサラな金髪にくりっとした大きな碧眼が特徴の可憐な女の子である。
ジョルジュの真っ直ぐな視線を感じて思わず視線を下に落とす少女。
へぇ、結構可愛い女の子だな……法衣を着ているって事は俺と同じ魔法使いかな?
遊び仲間たちとつるんでいた頃のジョルジュであればからかい半分で声を掛けていただろうが、今は全くその気にはならなかった。
そんな事を考えていると、少女の視線がまた自分に向いているのを感じ、再び彼女の方を見るとまた慌てて視線を落としたのである。
ええっと、知り合い?
もしや以前に俺が声を掛けた女の子……かな?
ん? いけねぇ! そろそろ行かなくちゃいけない時間だし、念の為にひと声掛けてから行くか。
ジョルジュは立ち上がると少女の傍に向かって歩いて行った。
彼が近付いて来るのを感じたのか、少女は顔を伏せている。
「君、以前に俺と会ったかな?」
「…………」
「ねぇ? 黙ってちゃあ分らないよ」
「……ナンパはお断りよ」
少女はそう言ったきり下を向いて黙っていた。
ジョルジュは苦笑して肩を竦めるとその場を立ち去ろうとする。
「待って! 少しお話しない?」
彼を呼び止める声がして、ジョルジュが振り向くと少女は真剣な眼差しで彼を見詰めていた。
彼は少しだけならと言って彼女の横に腰を下ろす。
少女からは爽やかな石鹸の香りがした。
「わ、私……アンナ。貴方のお名前は?」
「俺はジョルジュだ」
「貴方が着ている法衣……もしかして魔法男子学園の生徒?」
「君こそ法衣を着ている、魔法女子学園の生徒かい?」
もしジョルジュが馬車で通学していたら……
またはもっと遅い時間に自宅を出ていたら……
自宅に戻らずに学生寮から学校に行っていたら……
ジョルジュ・ドゥメールとアンナ・ブシェ、2人の出会いは、ほんの僅かな偶然から生まれたものだったのだ。
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