第126話 「目覚め」
ドゥメール伯爵邸ルウ私室、木曜日午後9時……
「兄上に教えていただいた呼吸法の効果が出ましたよ。何と俺の魔力の上限が僅かですが増えたんです」
フランの弟ジョルジュ・ドゥメールは嬉しそうな顔でルウに報告していた。
最近木曜日夜から週末にかけて以前約束して貰った通り、ジョルジュはこの義理の兄から彼の時間が空いている時に都合をつけて貰って魔法の手解きを受けていたのである。
「担任も頭を捻っていました。俺の年齢で魔力量の上限があがるなんて前代未聞だって」
ルウはそれを聞いて苦笑した。
物事は余り先入観で捉え過ぎない方が良い。
前代未聞や想定外など簡単に使って良い言葉じゃないと思っている。
「俺の見る限り魔力量はまだまだ上がる。ところでお前は今、2年生だったな。こちらでは魔力の基礎を固めて次に召喚魔法の実地と攻撃、防御の魔法に進んでいるが、どうだ?」
ジョルジュは魔法男子学園の2年生であるが、学科は魔法女子学園と一緒と聞いていたのでルウは彼の今の授業の進捗を聞いてみたのだ。
「はい、こちらも同じです。早速召喚魔法に挑戦しましたんですが……案の定、失敗しましたよ。召喚魔法の才能は無さそうですね。まあ俺の場合、魔法全てに才能が無いのですが」
顔を顰めるジョルジュに対してルウは穏やかに笑みを浮かべながら口を開いた。
「お前は焦り過ぎさ。ここで原点に戻って考えてみよう。魔法使いにとって大事な心構えとは何だ?」
「ははは、それはウチの母上を見ていると感じますが、探究心と想像力……でしょう?」
ルウはそうだなと返したが、ジョルジュが正解を答えて満足した顔をしていたので、もう1度問い質した。
「一応正解だが、本当の意味は分るか?」
「本当の意味? そんなものあるんですか?」
ジョルジュが怪訝な表情をしているので、ルウは改めて説明する。
「俺達が持っている魔力は自分が好む物によって変わって来るんだ」
「自分が好む物……ですか?」
ジョルジュはまだピンと来ないようだ。
「まあ聞いてくれ。例えばお前の好きな食材があったとする。それをどのようなやり方で料理をしたら美味しく食べられるか想像してみるんだ」
「俺は豚肉が好きです。塩焼きがシンプルで好きですが、野菜と煮込んだスープも美味くて好物ですよ」
ジョルジュは舌なめずりしている。
ルウはそれを見ると今の心持が魔法にも繋がるんだと指摘する。
「ええっ!? こんな食欲全開の想像が……ですか?」
「その通りだ。好きな事を前向きに考えると魔力は活性化し、感性は豊かになる。これこそが『探究心と想像力』だ。加えて魔力の質と魔法の相性も大いに関係がある。ところでジョルジュ、お前の好きな学科は何だ? これから学ぶものでも良いぞ」
ルウの言葉を聞いたジョルジュがもじもじしている。
どうやら好きな科目があるようだ。
「兄上……笑わないでくれますか?」
「ああ、約束しよう」
念を押すジョルジュに大丈夫だと頷いたルウ。
それを見てから完全に決心したようにジョルジュは少しずつ話し始めた。
「俺、鑑定の魔法を学んでみたいんです」
鑑定の魔法とは主に商人や冒険者が使用する魔法である。
大天使の審美眼の力を借り既存の物の価値や真贋の見極めをするのである。
まず商人にとっては、経験で磨かれる感覚的な審美眼と共に絶対に必要不可欠と言われる魔法である。
ただ商品の価値を虚偽申請してその差額で利益を得る行為はこのヴァレンタイン王国の法律で禁止されていて悪用すると重い罰を受ける事になる。
また迷宮や遺跡から毎日冒険者ギルドに持ち込まれる大量の様々な商品の果てしない膨大な作業が鑑定魔法を使う魔法鑑定士を常に人員不足にしていたのだ。
魔法鑑定士は人に必要とされる仕事だから良いと思ったと、ジョルジュは恥ずかしそうに呟く。
「成る程、俺は素晴らしいと思うぞ」
ルウにそう言われてジョルジュはホッとしたようだ。
多分、貴族が使う魔法としては不適格だと1人で悩んでいたに違いない。
「分った、じゃあ鑑定魔法の基礎から始めようか」
ルウの呼び掛けにジョルジュは大きな声で「はい」と答えたのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ドゥメール伯爵邸フラン私室、木曜日午後11時30分……
「ありがとう、旦那様。ジョルジュの面倒も見てくれて」
フランはルウに擦り寄って甘えていた。
昼間は年下の「妻」達が居るのでルウと2人きりの時では無いと見せられない表情だ。
いつもと違うそんなフランをルウは心から愛おしいと思っていた。
そんな可愛い妻からは甘い香りも立ち昇っていた。
いつかルウが良い香りだといった石鹸のものである。
「フラン、俺……」
既に肌を合わせていたフランにはそれだけでルウが何を求めているかが分る。
「来て……旦那様」
フランがするりと肌着を脱ぎ捨てるとあの見事な肢体が現れた。
ルウはフランを力強く抱き締めると2人はベッドに倒れ込んだのであった。
―――1時間後
「フラン、また強くしちゃったな」
ルウがフランに労わりの言葉を掛けた。
「もう……大丈夫」
フランは小さく呟くとルウの裸の胸に顔を埋めた。
「凄く……気持ち良かったから」
勇気を出してやっとの思いで言ったのだろう。
フランの顔が恥ずかしそうに項まで真っ赤に染まったのだ。
「フラン、俺……お前の事が大好きだ。これが愛しているって事なのか?」
「ありがとう! 旦那様、私も旦那様が大好きなの。そうよ、きっとこれが愛しているって事なのよ」
それはルウにとって不思議な感情であった。
確りと抱いているフランがもし居なくなったらと思うととても強い喪失感を感じるのだ。
「でも……皆もそうよ。私、あの子達が本当の肉親みたいに思えるもの」
「俺もだ……凄く大事にしたいって思うんだ」
そんな話をしながら気がつくとフランはいつの間にか寝息をたてていた。
彼女に毛布を掛け直してやるとルウは起き上がって魂の中から話し掛ける。
魂と魂の会話である『念話』だ。
『モーラル、ヴィネ、赤帽子。出かけるぞ、準備は良いか?』
『はいっ!』『ははっ!』『かしこまりました』
ルウの声に対して3人の返事がすかさず戻って来た。
前以って今夜行うと決めていたのだが、先日ルウが感じた悪魔の気配……それが気になるので精神体となって王都を調査しようというのである。
ルウは愛するフランを暫く見守った後、言霊を唱えて精神体となると屋敷から抜け出たのであった。
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