第12話 「叱咤」
昨夜、フランは夢を見た。
心地良く、何か安心できる夢だったらしい。
らしいと言うのは、起きた瞬間に、見た内容を全て忘れてしまったからだ。
「私……何故?」
フランが起きて最初に出たのは、疑問の感情と言葉であった……
目が覚めたのは自室のベッドの上で、いつの間にか寝巻きに着替えていたのである。
おかしい……
私は昨夜、母やルウと一緒に母の研究室に居た筈。
その、種明かしをしてくれたのは……
雑役女中のロラである。
「研究室で気を失ったお嬢様を、ルウ様がお部屋へお運びになりました。お着替えは奥様の命令で失礼ながら私がさせていただきました」
……やはり、そうだ。
研究室での記憶が、後半から飛んでいる。
フランは暫し考え込む。
思い出した!
あの変な敵の遺体を出すとルウが言って……私は取り乱したんだ!
記憶を手繰ったが、やはりそこから先の事は覚えていない。
でも何か……心地良い感覚に包まれた気がする。
ルウが、運んでくれたから?
……子供の頃からフランは夢を見る事が多い。
起きても、結構内容を覚えている。
殆どが悪夢で目覚めが悪い事が多いのであるが、今朝の目覚めは全く違っていたのだ。
そうだ! ルウは?
ルウはまだ屋敷に居るのかしら?
いや、居ないと嫌だ!
気になったフランが、ロラへ聞くと……
ルウはとっくに起きて、母と一緒に朝食の席で自分を待っていると言う。
ああ!
良かった!
フランは急いで着替えると、自室から階下の食堂へ駆け下りる。
2段跳びで降りたので、背後からロラの冷たい視線を浴びたような気もしたが、知った事ではない。
※中世西洋の貴族は普通朝食を食べませんが、この世界では現在の食生活に準じています。
「お、お早うございます!」
大きな声で挨拶して勢い込んで食堂に入って来たフラン。
アデライドは少し吃驚したような表情だ。
「あらあら! もうすっかり元気みたいね、フラン」
フランの視線の先に……
母と、そしてルウも居た!
「フラン、もう大丈夫か?」
「ル、ルウ! お、おはようっ! ねぇ! お、お、お母様! あ、あの後どうなったの!?」
噛みながらも必死でアデライドへ問い質すフランに、いつもの淑女たる面影は全く無い。
「あらあら、どうしたの? フランったら、ほら使用人達が吃驚しているわよ」
苦笑するアデライドは興奮気味の愛娘を宥めようとした。
「だ! だって!」
「安心して。貴女の希望通り、しっかり契約しといたわよ。私達の学園の臨時教師としてね」
どや顔で娘に言い放つアデライド。
傍らではルウが頷いた。
「ああ、良かったぁ! でも……」
母の言葉を聞いたフランは一瞬喜色満面になりながら、すぐ難しい表情になった。
ぎゅっと腕組みをしてしまう。
「……う~ん。確かに良かったけど、何故か私は複雑な気分……」
黙り込んだフランへ、アデライドは面白がって、また爆弾を投下した。
「契約しただけじゃないわ。ルウの身の上や魔法の事も結構聞いちゃったの!」
「えええええええっ! ……ず、ずるいわ」
母の「挑発」に対し、フランは思いっ切り頬を膨らませて、不満な気持ちを隠そうともしなかった。
愛娘のしかめっ面を見たアデライドは、悪戯っぽく笑いながら更に止めを刺す。
「ずるいって? うふ! 仕方がないじゃない。貴女ったら、あんな事であっけなく気絶しているんだもの」
「あんな事って、くううう……お母様、酷いわ、意地悪」
フランは心の底から悔しそうだ。
ルウの身の上話や魔法の事を、直接自身で、詳しく聞きたかったに違いない。
「酷い? 意地悪? 寝ぼけて朝から変な事言わないで。貴女の希望に応えた私はすご~く優しいわよ」
アデライドはつい微笑ましくなり、とても嬉しくなる。
婚約者が亡くなって以降……
フランは他人の事など、全然無関心であったから。
アデライドが執拗に娘をいじっているのは、明るくなった娘に対して母としての喜びであろう。
いつもの朝食は使用人に囲まれながら、母娘で最低限の会話をするだけの味気無い物だったからである。
「もう! ああいう時は、魔法で起こしてくれるのが、母の愛じゃないの?」
「まあ、良いじゃない、済んだ事は。それより今日は3人で学園に行きましょう。今は春季休暇中だけど、学園の中の案内と休日出勤をしている職員が居る筈だからルウを紹介しないとね」
「うう、分かったわ。でも後で私にもいろいろ話を聞かせてね、ルウ」
アデライドが学園への見学を持ち掛けると、フランも仕方なく承知したのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
1時間後……
馬車の準備が為され、3人は乗り込んだ。
これからヴァレンタイン魔法女子学園に向かい、新たに臨時教師となったルウを案内するのだ。
いつもの通り、王都騎士隊から派遣されている若い騎士ふたりが馬車の護衛につく。
正門の前には家令のジーモンと使用人数人が見送りをするべく、スタンバイをしている。
ジーモンは最早ルウの実力を全く疑っていなかった。
それどころか、ルウが使ったあの奇妙な体術を知りたくて堪らないし、出来れば再び手合わせをしたいとわくわくしていたのだ。
ジーモンはアデライドの忠実な家令であると同時に完璧な戦闘狂でもある。
「奥様、お嬢様、いってらっしゃいませ! ルウ殿、おふたりを頼むぞ」
ジーモンは笑みを浮かべて、3人を見送る。
一方ふたりの騎士は、その光景を見て、何とも言えない表情をした。
気難しい事で知られるこの屋敷の令嬢が満面の笑みで馬車に乗り込み、滅多に感情を表に出さない家令も、嬉しそうな笑みを浮かべているからだ。
普段見せるフランの思いつめたような表情やジーモンのぶっきらぼうさは騎士達もよく知っていた。
騎士達はお互いの顔を見合わせると、信じられない物を見たかのように首をゆっくりと横に振ったのである。
ルウ達3人全員が乗り込んだのを確認した御者が合図をした。
ワンテンポ置いて鞭をくれると、2頭の馬は嘶き、馬車はゆっくりと動き出す。
護衛の騎士達は馬に乗り、馬車と併走する。
ドゥメール伯爵邸からヴァレンタイン魔法女子学園まではすぐである、というか貴族の住む屋敷街の隣、庁舎ブロックの中にヴァレンタイン魔法大学、同女子学園、同男子学園、そして騎士学校などの学校が殆ど配されているのだ。
ほんの10分程度走った後に馬車は学園の正門前に到着した。
同行して来た騎士達ふたりは、急いで馬を学園内の厩に繋ぐと学園正門前に立ち、不審な者がいないか辺りを睥睨した。
正門から見て、正面にそびえ立つ大きな建物が本校舎であろう。
ルウが数えてみると5階建てで、朝日に映える白亜の建物は迫力満点であった。
アデライドが指をさし、説明する。
「ルウ、あれが本校舎よ、他に研究室と実習室のある4階建ての別棟がふたつ、屋内と屋外闘技場が各ひとつずつ、寄宿舎がひとつあるの」
「ああ、綺麗な建物だ、それに魔力で満ち溢れている」
「ふふ、ルウらしい感想ね」
とアデライドは苦笑した。
すると、
「じゃあ、私が案内するから!」
早速とばかりに、フランがルウの手を取って、歩き出そうとする。
だが!
そこへアデライドの鋭い声が掛かる。
「ちょっと待った!」
「え!? お母様、何!?」
「手を繋ぐなんて駄目! ここは職場よ。貴女は校長代理で先輩の教師。ルウは貴女の部下で後輩になるわ。けじめはきちんとつけてちょうだい!」
「そんな!」
アデライドの『教育的指導』を聞き、浮き浮きしていたフランは可哀想なくらい意気消沈する。
しかし我が娘とはいえ公私混同せず、きっぱりと言うアデライドはさすがであった。
「そんなもこんなもないの。ただでさえ貴女は、特別扱いされていると思われている。その上、職場で男といちゃいちゃしていたら総スカンを食らうわ」
アデライドの叱責に対し、フランは俯き、暫く考え込んでいた。
確かに母の言う事は筋が通っていると。
「分かったわ、お母様!」
恋する乙女から、真面目な教師の顔付きになったフラン。
アデライドの顔を正面から見返すと、大きく頷いたのであった。
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