第1,183話 「戦女神の遺産⑮」
ルウ達は神殿の更に奥へ奥へと進んで行く。
大神の妻たる女神の神殿と違うのは、仕掛けや罠が殆ど見当たらない事である。
逆にいえば、これまで突破した大広間――玄室ふたつの守護者の力を充分なものと認識していたからに相違ない。
果たして3番目の守護者とはいかなる者だろうか?
真っすぐな通路を進むと、今迄と全く同じであった。
「ぽっかり」と開いた扉の代わりと思しき穴が、まるで誘っているような趣きで、ルウ達の前に現れたのだ。
しかし!
ルウ達には感じる。
今迄の守護者とは比べものにならない巨大で力強い波動が部屋を覆っていると。
ルウは言う。
『モーラル、テオドラ、充分に注意しろ。これからまみえる相手はこの神殿そのもの、つまり戦女神の代理と言って過言ではない』
『神殿そのもの……了解です』
『戦女神の代理……どのような奴……なんでしょうね?』
『多分……大神と人間の間に生まれた半神半人であるかつての英雄だ』
『半神半人の英雄ですか』
『強敵ですね』
『ああ、戦女神の加護を受け、様々な神具を使いこなし、数多の敵を倒して武勇伝を残した。死後、魂を天空に掲げられ星になったと伝えられる……その影だろう』
『英雄の影』
『むむむ……』
『多分、星となったと伝えられるのは真っ赤な偽り……実態は戦女神に最後まで利用され、この神殿の守護者の柱として、魂を贄に使われた』
『贄とは、そうか……人柱の事ですね?』
モーラルの言う人柱とは、人身御供そのものである。
任意の建造物が災害や敵襲によって破壊されないことを祈願する目的で実行される。
つまり犠牲となる人柱の『命』そのものが、当該建造物の『守護者』として奉げられるのだ。
テオドラも『人柱』の意味は知っている。
モーラルからの質問に対し、ルウの代わりに答えるよう言い放つ。
『成る程! 英雄の魂が人柱なら、ルウ様が仰った、神殿そのものが英雄だという意味にも納得です』
『まあ、そういう事さ……じゃあ行くぞ』
『了解です! テオドラ、進みましょう!』
『はい! モーラル奥様!』
神速の呼吸法で体内魔力を整えると、ルウがまず先陣を切って、穴へ足を踏み入れた。
当然、モーラルとテオドラも続き、3人の姿は通路から消えたのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
真っ暗だった大広間が、「ぱぱっ」と一気に明るくなった。
太陽の自然な光ではない、魔力が作り出す人工的で独特な明るさだ。
大広間の真ん中に壮年の男性が立っていた。
筋骨隆々の逞しい肉体を誇示するように。
男性は独特なデザインの兜を被り、クラシックな布製の鎧を装着していた。
ルウ達が男性の装備を改めて見た所、鎧は素材の布自体に強力な防御魔法が付呪されている。
単に機動性を追及したものではなく、防御にも優れたものだといえるだろう。
また左の手にはこれまた強力な防御魔法が付呪された銅製の盾を携えている。
武器はと見れば……
腰から幅広の剣を提げており、右手には投擲に適した槍が握られていた。
男性はルウ達を射抜くような鋭い視線で見据えると、
大きな張りのある声で言い放つ。
「不埒な侵入者どもよ! ここが敬い愛すべき偉大なる戦女神の神殿と知っての狼藉か!」
「びりびり」と大広間の大気が震えた。
常人ならば怯え慄く怒声である。
しかしルウは全く臆さない。
声を張り上げる男性に向かい、真っすぐに歩いて行く。
そして、手前10mほどに近付くと、ようやく立ち止まった。
ルウは男性に負けないくらいの大音声で言い放つ。
「ひとつ聞こう、かつて人々から英雄と称えられし者よ」
「…………」
しかし、男性――英雄もルウの呼びかけには答えず、
相変わらず睨み付けているだけだ。
ルウも構わず、英雄に問い質す。
「貴方が倒した相手全てとは言わない。だが、おぞましい怪物と化した罪なき少女の悲しみを考えた事はあるのか?」
「…………」
「…………」
英雄は答えず、ルウもそれ以上聞こうとはしなかった。
無言の応酬が続き、大広間を張り詰めた空気と沈黙が支配した。
やがて言葉を発したのは英雄である。
ルウの問いかけに答える形で。
「そんなものは一切ない! 罪なき少女? はっ、笑わせる!」
英雄は鼻で笑った。
そしてきっぱりと言い切る。
「あの愚かなる女が聖なる神殿を穢したから罰したまで!」
「…………」
「我が敬い奉る戦女神様の崇高な意思こそが真の正義!」
「…………」
「大神の娘たる戦女神様こそが未熟なる者どもを守護し、選ばれし神として、偉大な力を振るわれる尊き存在なのだ!」
「…………」
「我は戦女神様の意思に従い、戦いの日々を送り、その加護の力で全てに勝利して来た」
「…………」
「知れ! 侵入者よ! 戦女神に刃向かう者は一切が愚か者だ! その死を以て罪を償うのだ!」
「…………」
「聖なる神殿に踏み入った愚かなるお前達にも罪深きあの女と同じく! 死、あるのみ!」
無言のまま、ずっと男性の口上を聞いていたルウであったが……
不敵ともいえる笑みをもらす。
「……ふっ、笑わせる」
「な、何だと!?」
「お前のように己の意志を持たぬ輩は人にして人に非ず!」
「ぬううう……」
「何も考える事のない、単に使われるだけの無機質な道具に過ぎぬ」
「ど、道具! わ、我が道具だと!」
意志を持たない道具と言われ、激高する英雄。
「ああ、古に英雄と呼ばれし者よ、お前こそ単なる道具であり、最低の愚か者だ」
「何ぃ! き、貴様! な、何者だ!?」
「俺はルウ、ルウ・ブランデル! 未熟ながらも己の意志で立ち、もがき苦しみながらも前へ進む人の子だ」
怒り心頭な英雄を厳しい視線で見据えながら、
ルウはきっぱりと言い切ったのである。
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