第1,181話 「戦女神の遺産⑬」
泣きじゃくるアラクネを抱き締めたルウ。
戦女神の呪いにより蜘蛛と化した人間アラクネは、優しく抱かれ、大いに驚き、戸惑う。
『ル、ルウ様が!? み、醜い蜘蛛の!? わ、私などを抱くなんて!? お、畏れ多い!』
だがルウは、アラクネをしっかりと抱き締める。
『アラクネ、お前はけして醜くない!』
『え?』
『俺に抱かれるのが、嫌だったらはっきりと言ってくれ』
『そ、そんな!』
『ごめんな、見ず知らずの男が勝手にさ』
『いいえ! 全然嫌じゃありません! お願いしますっ! わ、私を抱いて! は、離さないでくださいっ! ぜ、絶対に!!』
アラクネは必死にルウへ縋った。
対してルウは微笑み、答える。
『分かった……』
『う! ううう……』
アラクネは唸った。
だが、けして苦痛ではない、
むしろ歓喜の呻きである。
あ、温かい!
ルウのほのかな体温を感じ、素直にアラクネはそう思った。
先ほどアラクネが一瞬見る事が出来たルウの持つ神の御業とは……
現天使長も行使する破邪の光剣・抜き身の剣、
また純白の翼とは、絶対防御の象徴完全な翼である。
完全な翼は、未だ実体化してはいない。
それ故、モーラルでさえ見る事が出来ない。
しかしアラクネの言葉通りだった。
今まさに嘆き加護を求めし者アラクネを、優しく守護する神々しい純白の翼が、間違いなく彼女を包んでいた。
『ルウ様! 私には分かる! 今、私は貴方の大きな翼に包まれながら抱かれている。優しくそっと……』
まずルウに告げ、自分にも言い聞かせながら、アラクネはうっとりしていた。
もしかしたら、愛し愛される『想い人』に抱かれ、優しく包まれるとは……
このように気持ちが良いものかと感じている。
心がとても癒されるからだ。
そもそも……
アラクネは、男性の愛を知らない。
大切な想い人と愛を語り合う……そんな時間があったらと、
初恋も経験せず、己の人生を『機織り』のみに懸け、捧げた。
しかし血のにじむような努力は……
結局、報われなかった。
類稀なアラクネの才能に嫉妬した戦女神が、創世神から授けられた神の力を理不尽に使ったのだ。
結果、アラクネは永遠の苦界へと堕とされた。
「つらつら」と考えたアラクネは、幼き頃の記憶も手繰る。
小さい頃は、少しだけふくよかで元気な女の子だった。
優しかった両親に大事に大事に育てられた。
両親ふたりとも、機織りの名手だった。
ふたりの愛の結晶であるアラクネが初めて機を織った時、
両親は大喜びしてくれた。
その時の笑顔が忘れられず、アラクネはひたすら機織りに邁進して来た。
その両親も、既にこの時代には居ない……
アラクネの悲惨な運命を嘆き、死して天へ還っている。
住み慣れた想い出いっぱいの家も幻と化している。
アラクネの生きた旧き時代はとうに終わっていた。
気が遠くなるくらい膨大な時間が全てを流し去っていたのだ。
でもアラクネは安堵する。
孤独だった彼女は解放感と共に、新たに生じた希望に満ち溢れている。
無理やり蜘蛛に転生させられた、長き苦難の旅もようやく終わるのだと。
そして……
やっと、敬愛する両親の下へ帰る事が出来る。
否、帰りたい!
心配していた両親へ、元気に「ただいま!」と呼びかけたい。
「お帰り!」という晴れやかで優しい声を聞きたい。
強くそう思う。
自分は己の意志を貫き通し、精一杯生きた。
後悔しない。
この世から去る前に、こんなに素敵な想い出も作れたから、未練だってない。
アラクネは上気した顔をあげ、ルウを見つめる。
『ルウ様、お願い致します』
『…………』
『私をこのまま……ルウ様の胸の中で、貴方様の翼に抱かれたままで……天へ……』
『…………』
『私の事を……一心に愛した両親の下へ……送ってください……』
アラクネの最後の願いを受け入れる、
という面持ちでルウは力強く頷いた。
そしてルウは重ねて告げる。
間違いない願いの成就ともうひとつの奇跡を。
『アラクネ、お前の望みを叶えよう。自分の姿を今一度見るが良い』
『え? あ!? あああああっ!!』
アラクネはとても驚き、叫んだ。
何と!
自分の身体が大きく変貌していたのだ。
アラクネの身体は、日々悩み苦しんだ蜘蛛の身体ではなかった。
ルウの魔法により、いつの間にか、本来あるべき人の姿へと戻っていたのだ。
驚き戸惑うアラクネへ、ルウは優しく微笑む。
『安心してくれ。お前を蜘蛛のままで天へは送らない。人の子として堂々と両親の下へ還るんだ』
『ル、ルウ様! あ、ありがとうございますっ!』
アラクネが叫んだ瞬間!
彼女の身体は消え始めた。
そう、もうアラクネは蜘蛛ではない。
人として幸せに満ち、天へと還って行くのだ。
やがて……
アラクネの姿は完全に消えた。
更に広大な部屋を覆っていた蜘蛛の糸も掻き消えてしまった。
ルウは姿勢を正すと、手を合わせその場で深く頭を下げた。
経緯を見守っていたモーラルとテオドラも同じく手を合わせ、頭を下げた。
3人は……
昇天したアラクネの魂の安寧を心の底から願っていたのであった。
いつもご愛読頂きありがとうございます。
東導号の各作品を宜しくお願い致します。
⛤『魔法女子学園の助っ人教師』
◎小説版第1巻~7巻
(ホビージャパン様HJノベルス)
大好評発売中!
◎コミカライズ版コミックス
(スクウェア・エニックス様Gファンタジーコミックス)
第1巻~2巻も大好評発売中!
※月刊Gファンタジー大好評連載中《作画;藤本桜先生》
☆本日4月17日発売のGファンタジー4月号に最新話が掲載されております。
また「Gファンタジー」公式HP内には特設サイトもあります。
コミカライズ版第1話の試し読みも出来ます。
WEB版、小説書籍版と共に、存分に『魔法女子』の世界をお楽しみくださいませ。
マンガアプリ「マンガUP!」様でもコミカライズ版が好評連載中です。
毎週月曜日更新予定です。
お持ちのスマホでお気軽に読めますのでいかがでしょう。
最後に、連載中である
「帰る故郷はスローライフな異世界!レベル99のふるさと勇者」
「絶縁した幼馴染! 追放された導き継ぐ者ディーノの不思議な冒険譚」
も宜しくお願い致します。




