第1,179話 「戦女神の遺産⑪」
モーラルとテオドラが、大広間の主たる守護者へ呼びかけ始めてから、約1時間が経つ。
蜘蛛の巣の奥から……やっと反応があった。
『お前達は……誰だ? 一体何者だ!』
念話でモーラル達へ問いかけて来たのは……
聞き覚えのない、若い女性の声である。
更に、彼女の存在を示す波動が伝わって来る。
複雑に絡み合った鋼鉄よりも硬い蜘蛛の糸の奥、更に更に奥から……
間違いない。
悲劇の機織り少女、アラクネはここに居た。
哀れにも蜘蛛に姿を変えられ、人々に忘れ去られた神殿の守護者として、
醜い姿と共に心の自由さえも縛られていた。
『私には分かる……お前達ふたりは人であって人ではない』
アラクネらしき謎の声はきっぱりと言い切った。
続いて問いかけて来る。
『秘宝を護りし、この神殿へ……守護者たる私の許可なく無断で立ち入るお前達、……無礼である、名乗りなさい』
テオドラは……モーラルを見た。
モーラルは了解するという雰囲気で大きく頷いた。
このような状況の場合、もしも普通の相手なら「礼儀を通す」ところである。
すなわち相手に名を聞く際には、まず自分から名乗る。
当たり前の事を知らない相手には、しっかりと分からせるのだ。
それはいわゆるセオリーだが、いつも型通りに行くとは限らない。
イレギュラーな対応をする場合も多々あるのだ。
今回も、アラクネが最初に名乗らないのも何か特別な理由がある。
モーラルはそう考えたのだ。
『分かったわ、名乗ります』
モーラルはそう言うと、軽く息を吐く。
『私はモーラル……本来は人として生まれるべき者が忌むべき魔族、夢魔モーラルとして生まれた不可思議な存在』
モーラルに続いてテオドラも名乗る。
『私はテオドラ……今や失われし偉大なる魔法帝国ガルドルドの末裔、魂を戦闘用自動人形に封じ込まれし者……』
ふたりは名乗ったが、やはり返事はない。
暫し……沈黙が神殿の大広間を支配する。
しかし唐突に呼びかけが投げられた。
『ふふふ、お前達は実に面白い、世にも稀で傑作な存在だ』
ふたりの名乗りを聞いたアラクネらしき者は笑っていた。
小馬鹿にしたように冷たく笑っていた。
さすがに頭に来たのか、怒りの気配を発し、テオドラが走りだそうとした。
しかし!
『テオドラ! スタップ!』
鋭い声と気合で、テオドラを制したのはモーラルである。
『何度言っても、私の言う事が聞け分けられないのなら……ここで屋敷へ帰って貰う』
『え?』
『そうなったらテオドラ、ルウ様と私は貴女を共に暮らす家族としては認める。……しかし生死を共にする同志としては認めない』
『そ、そんな!』
『これが最後の通告……以降は止めない』
『か、かしこまりました! 猛省致しますっ!』
マルガリータこと悪魔マルコシアス、ギルドマスターのミンミ、そしてヴァンピールのウッラ……
誰もが怒ると、戦いの際にも凄まじい波動を放って来る。
燃え盛る火炎のように凄まじい波動だ。
だが……
モーラルの放つ怒りの波動はそれらと全く異質なものだ。
テオドラは聞いた事がある。
地の底、深き冥界には青白く永遠に燃え盛る冷たい炎があると……
まさにそれが……
モーラルの放つ蒼き怒りの炎だと、テオドラは改めて実感したのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
テオドラを諫めたモーラルは一歩前に出た。
そして淡々と告げる。
余計な感情を交えず、ただ役割を果たす為だというように。
『……私達は、貴女の魂と肉体を解放する為に来た』
『…………』
『貴女から見れば、私と彼女は世にも稀で傑作な存在かもしれない』
『…………』
『でも貴女から笑われようが、馬鹿にされようが、私達は必死に生きている』
『…………』
『私達には信じ合い、支え合う家族が居る。だから後ろを振り返らず歩いて行ける』
『…………』
『かつて……己の信念を貫く為、敬愛する主と共に天界の使徒達と戦った火の精霊王はこう告げた』
『…………』
『人であれ、妖精であれ、忌まわしい悪魔でさえ……たとえ何者であっても……理不尽な仕打ちを受ければ、創世神にでも真っ向から意見し、精一杯抗う』
『…………』
『圧倒的な力に蹂躙されようとも、正しき己を貫き通す事は……まさに真理だと』
『…………』
『アラクネ、貴女の数奇な運命は我が想い人から聞いた』
『…………』
『天賦の才に裏打ちされ、戦女神をも遥かにしのぐ機織りの腕を持ち、忌まわしい呪いを受けながらも、己の信念を貫き通した貴女には相応しい言葉……私はそう思う』
淡々としながらも、人の生きる道を熱く説くモーラルの言葉に、相手は心を打たれたようだ。
『……笑ってすまなかった、モーラル、そしてテオドラ』
『…………』
『改めて名乗ろう……私はアラクネ……』
『…………』
『名乗らなかったのは……己の存在自体が辛かったからだ』
『…………』
『私は驕り高ぶる傲慢の烙印を押された上、醜くき蜘蛛の姿に変えられ、人々の嘲笑の的とされ、貶められた人の子だから』
『…………』
『その上、己の意に沿わぬ守護者として、魂を縛られる重荷をも課せられ、自ら死ぬ事も出来ず、ここにこうして存在している……』
『…………』
切々と訴えるアラクネ。
哀しい心の波動が伝わって来る。
対して、今度はモーラル、テオドラはずっと無言で応える。
ここでアラクネは問う。
神を超越する力の有無を。
己を解放してくれる者の存在を。
『神の力に縛られた私をお前達は救うと言う……可能なのか?』
『……可能だ』
アラクネの問いに対し、即座に言い切ったモーラル。
『論より、証拠。既に救った者が居る』
『…………』
『私の伴侶であり主でもあるルウ様が救った。救った者の名はラミア。旧き時代に生きた人の子だ。お前同様、呪われし者だった……美しい容姿を蛇身に変えられ、人喰いをするおぞましき鬼と化していたのだ』
『…………』
『しかし、今や、か弱き幼子へ、そっと寄り添い励ます心優しき精霊となった』
『な、何と! それは……』
驚くアラクネ……
彼女がラミアを知っていたかは不明だが、
同じ境遇の者として自分に重ねたのは間違いなかった。
『アラクネ、最後に決めるのはお前だ。私達を信じるか信じないかを……』
モーラルの問いかけに対し、もうアラクネは迷わなかった。
『……分かった! ……お前達を信じよう。それしか道はない』
『……了解した。お前を救う為に私達は全力を尽くそう』
『あ、ありがとう! 私はもう疲れた……精も根もつき果てた。そっと安らかに眠りたい……』
嘆き悲しむアラクネの言葉を聞き……
モーラルは勿論、唇を噛み締めたテオドラも同意し、大きく頷いていたのである。
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