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第117話 「赤帽子」

「おおおっ! き、君は! な、何故!?」


 ジェラールにとっては予想だにしなかったに違いない。

 何故、この青年がここに居るのだろうかと。


「ははっ! 危ない所だったな。ギャロワさん、いや親爺さんと呼ばせて貰うよ」


 ジェラールが抱き起こされて辺りを見るとルウの拳をまともに喰らったらしいダニエルは気絶して倒れていた。

 しかし、同じ様に投げ飛ばされた家令は頭を横に振りながら、むっくりと起き上がったのである。


「ひひひ、こんな奴が助けに来るなんて聞いてないぜぇ」


 2人に笑いかける家令の口元が嫌らしいまでに開いて行く。

 その口角が上がってが耳まで達すると、かああっと口を開いて大きく笑ったのである。

 大きな白い牙が剥き出しになり、真っ赤で巨大な舌が蛇のように踊っていた。

 その顔も大きく変貌している。

 若い男であった筈の顔があっという間に不敵な面持ちの老人の顔になったのだ。


「下がっていてくれ、親爺さん。あいつはどうやら人間じゃない」


 ルウの言葉を聞き、変貌した家令の顔を見たジェラールは怖ろしさの余り、息を呑む。

 そこに騒ぎを聞きつけたのか誰かがやって来てドアをどんどんと叩いていた。

 大声でダニエルの名を呼んでいる。

 使用人から合鍵を預かっているらしい声の主達は直ぐにドアを開けると部屋に入って来る。

 どうやらダニエル子飼いの騎士達のようだ。

 彼等は家令が牙を剥き出しにしてルウとジェラールを威嚇しているのを見て本能的に剣を抜いた。


「がはああっ! 雑魚は引っ込んでろっ!」


 そう言っている間にも家令の風貌は変わり続けていた。

 最早、人間の面影は無く完全に異形の者と化している。

 騎士達は顔を見合わせていた。

 どうしたら良いのか、複雑な表情である。

 護るべき主人はのびているし、排除すべき人間は居るのだが、それ以上に危険な人外の魔物が牙を剝いていたからだ。

 変貌した家令を見たルウがぽつりと呟いた。


「あいつ、レッドキャップか……」


「な、何!? レッドキャップ?」


 ルウの呟きを聞いたジェラールが息を呑んだ。


 レッドキャップ……文字通り「赤帽子」と異名を取る老人の容姿をした妖精である。

 指先の鋭い鍵爪は硬い岩でも切り裂くほど鋭く、手にしたその斧に不幸な犠牲者の血を吸わせる事に喜びを感じ、殺意に満ちた燃えるような赤い眼を持った凶悪で危険な霊的存在なのだ。


「しかし、奴が単独ではこんな事は出来ない。背後に何者かが居る筈だ」


「がああああああっ!」


 ルウの呟きに反応するかのように、家令だったもの―――レッドキャップが跳躍した。

 狙いはジェラールである。


「あぐうっ!」


 しかし鈍い音がし、ジェラールをその爪で切り裂こうとしていたレッドキャップがあっけなく吹っ飛んだ。

 すかさず間に入ったルウの拳を腹に受けたのだ。


「き、貴様! 邪魔をしおって!」


 レッドキャップは苦痛の表情を浮かべ、ルウの拳を受けた腹を押さえながら空中で回転してダニエルの傍に降り立った。

 そして気を失っている彼の喉に鋭い爪を突きつけ、呆然としている騎士達に吼えたのである。


「そこの人間共、あの黒髪の男達を殺せ! さもなくばお前達の主人の喉を切り裂く!」


「か、閣下! 侯爵閣下!」「ど、どうしよう!」


 レッドキャップに決断を迫られた騎士達はおろおろしていた。

 彼等から見たら主人に歯向かうルウ達は当然の如く敵ではあるが、かと言って人外の存在であるレッド キャップの言いなりになって人を殺すのはもっと不味いのである。


「レッドキャップ、お前……良い加減にしろよ。束縛リスツリクシェンズ!」


「がっ!?」


 ルウの魔法がいきなり前触れも無く発動した。

 レッドキャップが四肢を硬直させて動けなくなる。


「がああう、この俺にま、魔法だと、この俺に!? 馬鹿な!」 


 それを聞いたルウの口元に微かな笑みが浮かぶ。


「成る程な、少し効きが弱い。お前には魔法を抵抗レジストする力もあるようだ。 念の為、重ね掛けをしておこう、束縛リスツリクシェンズ!」


「ぐああっ!」


 ルウの口から言霊が放たれるとレッドキャップの四肢が締めつけられるように硬直し、人外の魔物の表情は苦痛に歪んだ。


「ほら、騎士さん。今のうちにお前達の主人をさっさと助けた方が良いぞ。まさか主人の命の恩人の俺達にもう危害は加えないよな?」


「…………」「…………」


 騎士達は迷っているようだ。

 レッドキャップが本当に拘束されているのか?

 もしくはルウ達の指示通りにして良いのか?


「おいっ! さっさとしろっ!」


 ルウが大きな声で怒鳴るとようやく騎士達はダニエルの所にそろりと近付き、おっかなびっくりで覗き込む。


「ほらっ、早く!」


 凜と通るルウの声に弾かれたように2人の騎士はダニエルを抱え上げ、部屋の外に連れて行ったのである。


「さあ後はレッドキャップ、お前だけだ。さっさと片付けてこの人の屋敷に戻らないとな」


「あぐあぐあぐ……」


 最早レッドキャップは四肢を強張らせて動けない。

 ルウの「束縛」の魔法の強力な効果により言葉を発する事も出来ないのだ。

 彼は息を吸い込むと新たな言霊を唱え始めた。


「退去せよ、猛き妖精。かつて神の右に座りし者の命により、術者に打たれしくさびから解き放つ。新たなあるじがお前を我が混沌の異界に送るものなり」


 ルウの朗々とした声から発せられた魔力波オーラが部屋に満ちて行く。


去れセエル!」


 びしりと空気が振動するとその瞬間、レッドキャップはかき消すように居なくなっていた。

 他の術者が召喚した魔物の契約を取り消し、自らの異界に封じ込める。

 魔法使いではないジェラールもさすがにそれがどれくらい凄い魔法かは想像がつく。

 そんなルウの魔法にジェラールはただただ圧倒されていたのだ。


「親爺さん、あの家令の爺ちゃんを助けなきゃな」


「爺ちゃん? そうか! 家令のアルノルトだけは買収されていないと」


 ジェラールが頷くと、すかさずルウの声が響いた。


「モーラル!」


 ルウに呼ばれ、水色のブリオーを着込んだ少女が何も無い空間から突如現れた。

 事前にルウの念話の指示でいつもの魔族と分る外見ではなく、人族の普通の少女と変わらない風貌に変わっている。

 ジェラールはいきなり現れた少女を見て驚きの余り、ぽかんと口を開けていた。


「モーラルと言う俺の従士さ、親爺さん。彼女にここの現場を任せて俺達は貴方の屋敷へ行く」


「は? こ、この娘にか?」


 ジョゼフィーヌより年下に見える美しいシルバープラチナの髪を持った可憐な少女。

 ジェラールと目が合うとにこりと笑って優雅に一礼をする。

 こんな年端も行かぬ子に大丈夫か? と言いかけたジェラ-ルにルウは手を差し出した。


「問題無い、彼女は頼りになる。それより親爺さん、握手してくれないか」


「あ、ああ……これで良いのか」


 呆然としたままのジェラールは最早、意味など考えずルウの言う通りにする。

 今更、娘の婿である自分を助けてくれたこの青年が悪意を持つ筈がないと信じているせいもあった。

 ジェラールがふらふらと手を差し出しルウと握手をする。


地の精霊ノーミード!」


 するとルウの声が響き、一瞬、目の前が暗くなると足元の感覚が無くなったような感覚が彼を襲う。


「親爺さん、もう良いぞ」


 彼が目を開けると何と見覚えのある部屋に立っているではないか。

 そう、ここは彼の屋敷の中の自分の書斎であったのだ。

ここまでお読みいただきありがとうございます!

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