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第1,167話 「教育実習⑬」

 ひと呼吸あった後……

 特別カウンセリングは再開された。

 

 まず口を開いたのは、フランソワーズである。


「マノンさん」


「は、はい……」


「ズバリ言うわ。貴女は天才……例えて言えば、生まれついての美しい宝石ね」


「私が宝石……でも……」


「ええ、貴女の思う通りよ。確かに宝石だけど磨かれる前の土中に埋まった原石かもしれない。もっともっと上を目指せる未知の素敵な可能性を秘めた原石だとね」


「…………」


「だから貴女は、見果てぬ夢を追った……つまりけして希望を捨てず心待ちにしていたのよ」


「…………」


「原石たる己を深き土中から掘り出して、研磨し、見事な宝石に完成させる素晴らしい男性が現れないかとね」


 ……マノンは今フランソワーズが話した『例え話』をオレリーや級友達に話した事がある。

 彼女が大好きな宝石から思いついたものだ。

 しかし改めて他者から言われると、「その通りだ」と納得せざるを得なかった。


「マノンさん」


「は、はい」


「パートナーとの相性に関しては、このような話も良く聞きますよね」


「…………」


「恋人として付き合うとか、一生の伴侶にするような相手は価値観が同じか、近い人がベストだって」


 フランソワーズの言う事は至極尤もだ。

 マノンは同意し、大きく頷く。


「は、はい……私もそう思います」


「うふふ、でもそのセオリーは違うでしょ? マノンさんに限っては」


「え? わ、私に限って? ち、違うとは、一体どういう意味でしょうか?」


 何故?

 フランソワーズは否定を?


 今度はマノンは驚き、戸惑う。


「ふふ、基本的には貴女も同じ価値観を持つ男性を求めていたかもしれないわ」


「…………」


「でも貴女は、今迄出会った男性を結局は受け入れられなかった。ありきたりのタイプをハナから敬遠していたのよ」


「ありきたり……」


「そうよ! 貴女はたとえ価値観が違っても、考え方が全く合わなくても……自分が納得してしまうくらいスケールの大きい人、大器と言い切れる男性を密かに求めていたの」


「う!」


 心の内をすっかりさらされ、マノンは返す言葉がない。

 もう唸るしかない。


「どうやら図星のようね」


「…………」


「話を戻すわね、マノンさん。……私が先ほど言いかけた名の男性が……貴女の理想の相手が遂に現れた。彼は貴女の誇りを守り、尊厳を地へ堕ちないよう救ってくれたわ」


「そ、その通りですっ! 嬉しかったです! 本当に嬉しかったんですっ!」


「ええ、その時から貴女は激しい恋に落ちた。……貴女の初恋だった」


「はいっ! 初恋ですっ! あの時の事は一生忘れられませんっ! 運命の出会いなんですっ!」


 大きく叫び続けるマノンに対し、フランソワーズは憐れみの表情を浮かべる。


「でも……貴女が歩もうとする恋は厳しいいばらの道。愛が成就する可能性はとてつもなく低く、険しい道だわ」


「う、うう……」


 ……ショックだった。

 マノンは現在の辛い状況を言い当てられたのだ。 


「何故、険しいのか、マノンさんには分かっているようね。そう、貴女の恋する男性はとても人気者。レベルの高い恋敵ライバルがあまりにも多いわ」


「そ、そうです……先輩の仰る通りです」


 マノンは思う。

 フランソワーズの指摘通りだと。

 確かに恋のライバルはあまりにも多く、とんでもない強敵揃いなのである。


「さすがの貴女も……数多煌あまたきらめく熱き恒星のようなライバル達の中では、恋の熱さも輝きも並みの惑星となってしまう」


「せ、先輩!」


「なあに、マノンさん」


「だ、だから! それが分かっているからこそ!! 私は先輩に助言して頂きたいのですっ!!」


 ついにマノンの本音が出た。

 他者の意見など聞かない、我が道を行くのが方針である。

 そんなマノンの正直な気持ちが遂に吐露されたのだ。


「うふふ、マノンさん、落ち着いて、このフランソワーズに任せなさい」


「た、助かりますっ! 先輩! 頼りにしていますっ!」


「では、アドバイス致しましょう。迷える子羊、マノン・カルリエよ」


「は、はい!」


「先ほど私フランソワーズ・グリモールの発した言葉を思い出しなさい」


「先輩が? 発した?」


「マノンさん、貴女は敢えて自分の価値観を打ち破るような男性を求めていました。だから相手に合わせ、逆手を使うのです」


「ぎゃ、逆手!?」


「ええ、そうよ。具体的に言えば、いわゆるギャップ萌えです」


「ギャップ萌え?」


「本当は超が付く甘えん坊なのに、表面は到ってクール。そんなギャップのある女性に魅力を感じる男性は多いのです」


「な、成る程!」


「クールに見えるマノンさんは、実際、とても甘えん坊ですね?」


「は、はい! その通りです。そして先輩の言う通り、彼の前では甘えん坊なのですが……」


「ですが?」


「はい! あまり効果が出ていないのが現状なのです」


「甘い!」


 ぴしりと空気が凍るような、フランソワーズの一喝。

 マノンはいつもと冷静さを失い、激しく動揺する。


「あ、あ、あ、甘い?」


「甘えん坊なのは、マノンさん、貴女のほんの一面に過ぎません」


「あ、甘えん坊は私のほんの一面……」


「そうです! だから全てを逆に見せて行くのです」


「全てを逆に見せる……」


「はい! 多くの意外性が加味され、貴女の魅力は更に引き立ちます」


「な、成る程! す、素敵ですっ! 先輩!」


「ふふ、これも私が先に申し上げましたね、マノンさん、貴女は天才型だと」


「た、確かにお聞きしましたっ!」


「ではマノンさんンへ、新たな作戦を授けましょう」


「新たな作戦!? は、はいっ! 宜しくお願い致しますっ!」


「では……」


 と、フランソワーズが言えば……

 マノンは「ごくり」と唾を呑み込んだ。


「貴女のような天才型はいろいろな事を難なくこなす。しかし天才が地道に、苦労して人並み外れた努力をした場合、どうなります?」


「は、はい! 簡単です! 天才の更に上を行きます」


「その通りです。マノンさん、貴女の実力は今より更に上がるのです。でも、けしてそれだけではありません」


「そ、それだけではない?」


「はい! マノンさんがコツコツ頑張るその姿を、愛する想い人へ見せたとしたら相手はどう感じると思います?」


 フランソワーズの言葉を聞いた瞬間!

 マノンの目の前がパッと明るくなった……気がした。


「あ、ああ……ですねっ! み、道が! 進むべき道が見えて来ました!」


「そうでしょう! では、ここで貴女の最大のライバルを心に思い浮かべてください」


「は、はい! 思い浮かべました」


 マノンの最大のライバルは……

 今や親友でもあり、生徒会長のオレリーである。

 悔しい事に、彼女は既に想い人ルウの妻でもある。


「私が見るに、貴女のライバルは典型的な努力の人。彼女を超える為には、貴女が何をすべきなのか、良~く考えてみるのです」


「は、はい! 分かりました!」


「では最後に申し上げましょう。マノンさん、貴女の想い人の名は……」


 フランソワーズがマノンの恋する相手の名を告げようとした。

 しかし!


「せ、先輩! カウンセリング! あ、ありがとうございましたっ!」


 マノンは大きな声で礼を告げ、思いっきり頭を下げた。


 先ほど、フランソワーズと話の最後に恋の相手を告げるという約束を交わしたが……やはり恥ずかしかった。

 その為か……

 マノンは、カウンセリングを一方的に、無理やり切り上げてしまったのである。

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