第1,159話 「教育実習⑤」
フランソワーズ・グリモールが魔法女子学園の教育実習を開始した初日。
朝一番のホームルームを始めとし、この日の授業は無事終わった。
予想通り、『天才』フランソワーズは初めて行う2年C組の副担任補佐の業務を無難にこなしたのである。
明日からは本格的に始動。
ルウが行う専門科目の授業にも参加する。
午後3時過ぎ……
ルウが自分の研究室に行くと聞き、フランソワーズは強引に付いて来た。
押しの強いフランソワーズは、ルウが止めてもいう事を聞かない。
『ルウの親友』を自称する彼女が聞き入れる筈がない。
フランは苦笑し、ルウへ目くばせをした。
「仕方ないから面倒を見てやってくれ」というアイコンタクトである。
ルウの研究室は他の教師同様、本校舎とは別棟の研究棟にある。
静まりかえった廊下をふたりは無言で歩く。
扉を開け、ルウが部屋へ入ると、フランソワーズは敏捷な猫のように、素早く華奢な身体を滑り込ませた。
そして……
ルウが扉を閉めた瞬間、フランソワーズは抱き着いて来た。
驚くルウの手に柔らかい感触が伝わり、ほのかな石鹸の香りが彼の鼻腔をくすぐった。
「おいおい、どうしたんだ?」
「どうしたって、親友へのスキンシップよ。特別に許された人だけに私が与えるスペシャルサービスなのよ」
フランソワーズ……否、悪魔グレモリー、
否……
月の女神レヴェナは可愛らしくウインクした。
ルウは少し呆れて軽く息を吐く。
ちなみにルウは本名のレヴェナと呼ぶ事を本人から許されていた。
「……スキンシップがスペシャルサービスねぇ。でも突然どうしたんだ、レヴェナが魔法女子学園の教育実習へ来るなんて」
「ふふ、答えは愛する母校だから。……っていうのは冗談。ある情報が入ったからよ」
「ある情報?」
「ええ、近いうちに主任のシンディ先生が、管理官となる夫ライアン伯爵と共に楓村へ赴くって聞いたわ」
「ほう、さすがに耳が早いな」
「当然! それでルウと、毎日遊べるようになるなって確信したの」
「はぁ? 俺と毎日遊ぶ?」
「そうよ。シンディ先生が学園をやめたら、彼女の後任はフランシスカ先生でしょう?」
「ああ、多分そうなるだろう」
「でしょ? そしてフランシスカ先生は新2年A組の担任になると聞いているわ。現在副担任の貴方は昇格して、新3年C組の担任となる予定よね?」
「へぇ、そこまで知っているのか?」
「ふふ。となれば新3年C組の副担任の座が空席になるじゃない。そこへライセンスを取得した新人教師の私がほいっと要領よく入り込むってわけ」
「それが、俺と毎日遊べるって意味なのか?」
「ビンゴ! その通り!」
「仕方のない奴だな。多才なお前であれば遊ぶ選択肢は他にいくらでもあるだろう?」
「何言っているの? 馬鹿ね」
フランソワーズ……否、レヴェナは呟き……
とても遠い目をした。
「『光を掲げる者』ルシフェル様が深き地下世界の奥底でへ縛られている今……ルウ、貴方が最高の遊び相手、いえ、貴方しか私の相手が務まる人間は居ないのよ」
「そうかい、光栄だよ」
「でもね、いくらこの私でも、あまりにも不自然な理由では貴方に近付けないわ。上手く段取りを組まないとね」
「おいおいレヴェナ……言っておくけど変な魔法を使ったらいかんぞ」
ルウが釘を刺すと、レヴェナは苦笑する。
「もう! ウチの父親みたいな言い方をしないでよ。で、話を戻すと、考えた末に出した答えがこの学園の教師になるって事なの」
「成る程な」
「基本的に魔法大学では真面目に勉強していたし、卒業する為にズルする姑息な方法は使っていないわ。だったら問題ないでしょ? 私は今、平凡な人の子に過ぎないもの」
「了解! フェアなのは偉いぞ。但しお前が平凡な子だというのには、だいぶ語弊があるけどな」
「もう! 茶化さないで! そんな時、たまたまシンディ先生の話が耳に入ったの。これはもう千載一遇のチャンスだと思ったわ」
「ははは、何だよ、それ。もう笑うしかないな」
ルウの言葉を聞き、レヴェナは僅かに顔をしかめる。
そんな表情も際立った美貌の彼女にとっては凄く魅力的に映る。
「笑わないでよ! ……さっきも言ったけど私は本当に真面目なの。単に貴方と遊ぶというだけではなく、教師になりたいと思ったまともな理由があるのよ」
「ふうん」
「だってルウ、多分貴方と同じ理由だわ」
「教師になりたいと決めたのが、俺と同じ理由かい?」
「ええ、フランシスカ先生……いえ、いくらフランを助けた成り行きとはいえ、本当は冒険者になって世界を見たいと貴方は希望した」
「ああ、その通りだ」
ルウの目も先ほどのレヴェナ同様遠くなる。
懐かしい記憶を手繰っているに違いない。
そんなルウへ、レヴェナは告げる。
「でも……今の貴方は教師という仕事に大きな魅力を感じている」
「……確かにそうだ」
「やっぱりね。当然肯定でしょ?」
「ああ、レヴェナの言う通りさ、教師は面白いと思うよ」
「ふふ、でしょ? 貴方が教師を続ける理由……それは明白なのよ、私には分かる」
「…………」
「具体的に答えを言うわね。ルシフェル様が説いた、人の子が持つ未知の可能性に触れられるからよ」
「…………」
「限りある短き生命、柔く脆弱な肉体しか持たぬ人間が未知の世界へ突入する。信じられぬ力を発揮し、限界を突破する。素晴らしき数多の才能を直に体感出来る事がルウ、貴方が教師を続けようとする理由ね」
「…………」
「何のとりえもない地味な幼虫から、じっと成長を待つさなぎへ、そして美しくはばたく蝶のように……人の子は劇的に変化し、進化もする。下手な限界など簡単に突き破って行くわ」
「ああ、レヴェナの言う通り、人間には無限の可能性がある」
「そうよね。原罪という未来永劫課せられた重荷を背負っても、人の子には撥ね返す闘志がある。逆境に負けない不屈の魂が目覚める可能性があるのよ」
「激しく同意だな」
「ふふ、私の方が先生みたい。どう? 教師の適性はばっちりでしょ?」
「ああ、ぴったりだな。レヴェナは俺よりもずっと教師向きだ」
「うふふ、納得した? で、話を戻すと……教師は人の子の変貌を間近に見る事が出来て手助けする事も出来る素晴らしい仕事なの。崇高な志がなければやるべきではないわ」
「レヴェナの言う事は確かに正論だが……人にはそれぞれ事情がある。やむにやまれぬ理由で教師をしている者も居るだろう。理想に走り過ぎ、あまり決めつけない方が良い」
「ふふ、見解の相違って事ね。でも貴方とやり合うこういう議論は嫌いじゃない。ウヴァルなんかすぐ私に勝ちを譲ってしまうから……つまらないわ」
ウヴァルはレヴェナ、つまり悪魔グレモリーの忠実な執事である。
普段は人間に擬態し、さりげなくグリモワール子爵家に仕えている。
「いやいや、ウヴァルはレヴェナの事をとても大切な存在だと思っている。単なる主以上にね」
「それは良く分かるけど……良いわ、話題を変える!」
「話題をか?」
「ええ、私、いろいろ考えている楽しい企画があるの。例の上級職員会のメンバーへ提案して、実施の検討をして貰うつもりよ」
「へぇ、何だ? レヴェナの考えている楽しい企画って?」
「うふふ、詳しい事はまだ内緒。ふたつあって、どちらも学園と後輩達の役に立つ事よ」
「成る程」
「それともうひとつ。ルウ……いえ、ルウ先生。私の将来の為に、明日の授業の手解きをお願いしたいわ。頼りにしてるから宜しくねっ!」
悪戯っぽく笑うレヴェナは小さな両手を合わせ、お願いポーズをしたのである。
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