第11話 「過去」
臨時教師として採用が決定したルウ・ブランデルではあったが……
学園の概要や教師として何をすべきなのかが一切分らない為、理事長アデライド・ドゥメール伯爵から色々とレクチャーを受ける。
幸い、今は3月半ばで春季休暇が始まったばかり……
3月末日まで学園が休みなのは幸いであった。
「ルウ、良いかしら? まず学園の概要、組織構成と勤務についてだけど……」
アデライドは粛々と説明をして行く。
学年は1年から3年、各3クラスずつ、1クラスあたりに在籍する生徒数は約30名前後。
組織は理事長のアデライドをトップにして、校長代理のフラン、アールヴの教頭、ベテランの主任、そして先輩の教師達が7人。
今年4月から着任する新人教師がひとり、そして事務局の職員が3名と学生寮の舎監がひとりの16名に、臨時教師のルウが加わるのである。
ちなみに先輩教師の中に来年3月に退職する予定のベテラン教師が居るが、その人物が唯一男性で、後は皆、女性との事である。
教師達はクラスの担任を受け持つと共に、それぞれに専門の教科にて授業をするという。
ちなみに基礎学科の魔法学はⅠからⅢまでに分かれていて番号が若いほど基礎的な内容である。
専門学科で言えば、魔法攻撃術、魔法防御術、魔道具研究、上級召喚術、錬金術、占術等幅広い。
教師を含めた職員の出勤時間は午前7時45分。
毎朝8時からの30分の職員会議を経て、授業の開始は午前9時00分からである。
ちなみに生徒は午前8時30分までに登校する事になっているのだ。
各45分の授業を午前3つ、午後2つ行い、授業は午後2時45分に終了。
午後3時30分までには、部活に所属しない一般生徒が下校する。
職員の退勤は運動部や文化部などの担当や残務が無ければ、基本午後4時30分となる。
「ここまでは良いかしら? 今、説明した事を記載した学園の職員手帳も渡すから確認してね」
アデライドは、緑色のカバーをした冊子をルウに手渡してくれる。
ルウは冊子を受け取ると、大事そうに収納の腕輪へ仕舞う。
「次は、貴方が教える学科に関して話すわね」
先程、アデライドが説明した基礎の魔法学Ⅰから専門学科の教科書がテーブルに並べられる。
「学園で使う教科書へ記された魔法は、全て魔法式によるものなの、覚えられる?」
先ほど、フランの索敵魔法を簡単に再現したルウである。
彼の答えはアデライドには大体予想出来ていた。
案の定、
「うん、魔法式を見て1回発動すれば、殆ど無詠唱でも行けると思う」
あっさりと答えるルウに苦笑するアデライド。
やはり、心配は杞憂に終わったのである。
「うふふ、魔法全般に関しては大丈夫そうね。であれば、問題は教え方、すなわち授業のやり方だけど、これは教師によって違うのよ」
アデライドによれば、教師が行う授業は様々らしい。
ひたすら真面目に教える、厳しく教える、そして軽妙洒脱で盛り上げるなど、定型はない。
「あまり考え過ぎる事はないわ。あのフランをあれだけリラックスさせてやる気にさせたんだもの、貴方は貴方らしくやれば良いと思うの」
にっこりと微笑むアデライド。
「あのフランって?」
不可解に思ったルウは、アデライドに問う。
尋ねられ、アデライドの目が少し遠くなる。
「あの娘にはね、婚約者が居たの。12年前、フランが10歳の時に私が許婚に決めちゃったのよ……」
このヴァレンタイン王国の貴族は、良い相手が居れば早いうちに許婚を決めて結婚させるらしい。
伯爵令嬢であるフランも、例外ではなかったのだ。
「8歳違いでね……さる伯爵家の次男坊だったわ」
と、アデライドの話は続く。
18歳の男に10歳の少女……そんなものかと、ルウにはあまりピンと来なかった。
「婚約が決まってから、彼はよくこの家へ遊びに来ていたわ。まだ子供だったフランの相手もきちんとしてくれてね、フランも彼に懐いていたのよ。でもね……あの運命の日がやって来たの」
運命の日?
一体、何だろう?
ルウはアデライドの話を待った。
「今から10年前、彼女が12歳の時に突然、大破壊がやって来たのよ。貴方もアールヴの里に居たなら、違う呼ばれ方かもしれないけど、聞いた事がある筈よ」
大破壊……確かアールヴの里では『神の怒り』と呼ばれていた。
具体的に言えば、それは突然、理由も無くやって来る大災害である。
堅牢な建物もなぎ倒す激しい大嵐であったり、圧倒的な存在である竜の襲来であったり、害を為す魔物の大量発生だったり内容は様々だ。
「あの日、この王都へ、獰猛な二足竜の群れが襲って来たの」
当時フランの婚約者は、王都騎士隊へ入隊して2年目の若手騎士だったという。
出撃前にフランを安心させる為にわざわざ屋敷を訪れ、彼女を必ず守ると約束した上で戦いに臨んだ。
激しい戦いの末、王都騎士隊を含むヴァレンタイン王国軍の活躍で二足竜は何とか撃退され、『約束』は果たされた。
しかし……婚約者はフランの下には帰って来なかった……
戦いの最中、二足竜に身体をばらばらに引き裂かれ、戦死したからである。
その日以来……
明朗快活だったフランは変わってしまった。
自分の感情を内に押し込め、ただひたすら魔法学に没頭した。
結果、ヴァレンタイン魔法女子学園から魔法大学に進み、母と同様に4年の修業年限を2年で卒業し、母校に教師として戻って来たのである。
大学で研究を続ける道もあったが……
母校の魔法女子学園へ戻りたいと言う気持ちが尊重された。
何故、そうしたかったかはフランが一切明かさないので、今でも不明であるらしい。
ここでアデライドは、何故か大きくため息をつく。
「……私の娘という事で、校長代理兼教師として学園に居るけれど……評判は良くないわ。教え方も下手だし、雰囲気も暗いから」
「…………」
ルウは、にわかに信じられなかった。
あの明るいフランが……暗い?
言葉を返さず黙り込んだルウへ、アデライドは微笑む。
「……魔法馬鹿と呼ばれる私もやっぱり人の親。娘の……フランの事が心配なの。でも、そんな時にルウ、貴方が現れてくれた」
「俺が…………」
「ええ! 私には予知魔法の能力は無いけれど……結構、勘が鋭いし、引きは強いのよ」
「…………」
「聞いて、ルウ! 貴方は私達母娘と学園にとっての待ち人だわ、私には分かるの!」
ルウは、ずっと真剣な表情で話を聞いていたが……
アデライドから待ち人と言われた瞬間、深々とお辞儀をしたのであった。
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