第107話 「護る心」
午前7時、朝日が差し込むホテル『セントヘレナ』の一室。
ルウが目を覚ますとまだフランはすやすや眠っていた。
彼は昨夜の事を心の中で独りごちる。
フランを抱き締めた瞬間、まるで俺はいつもの俺じゃなくなったみたいだ……
自分は本能に囚われて完全に1匹の荒々しい牡となり、フランを一方的に蹂躙していたのだ。
そう思うと急にフランが愛おしくなってルウは彼女の美しい金髪を意味も無く弄り始める。
暫くして彼がフランが眠そうな目を開け、ルウを見た。
彼女はまだ思考が働かないようである。
しかし、やがて彼女がようやくベッドにルウが居る事を認めると嬉しそうに笑顔を見せた。
「旦那様……ちょっと痛かった……でも嬉しい」
フランがぽつりと呟くと更にルウはフランに対して愛おしさが込み上げる。
しかしフランの顔が一瞬曇った。
ルウが自分を、自分の身体を抱いてどう思ったか心配しているようである。
「旦那様は満足……して……くれた?」
「ああ、お前は素晴らしかったよ」
ルウがそう答えると昨夜の事を徐々に思い出したのであろう、フランは耳たぶまで真っ赤に染めるとルウの胸に顔を埋めてしまったのだ。
―――ぐうううう
ルウの胸に顔を埋めたフランのお腹が鳴った。
ぐうううう~、続いてルウのお腹も鳴る
昨日は夕食も食べずに抱き合ってしまった2人、実はお腹がぺこぺこであった。
「だ、旦那様、1階のレストランに行って朝食を食べましょう」
フランが恥ずかしそうに食事の提案をするとルウも笑って大きく頷いた。
そして2人は昨夜初めてしたとは思えない慣れた仕草でキスを交わしたのである。
2人は家を出る時に着用していた魔法使いの法衣に素早く着替えるとホテルの1階にあるレストランに向かう事にした。
ちなみに2人の『真竜王の鎧』は既にルウの収納の腕輪に仕舞っている。
ルウとフランはホテルの廊下を歩いて昨夜使った魔導昇降機が据え付けられているホールに出た。
このホテルは5階建ての建物だが、階段以外に魔法女子学園と同じ仕組みの魔導昇降機が数基備えられており、あっという間に1階に降りる事が出来る。
ルウ達が魔導昇降機で1階に降りるとフロントの奥がレストランになっており、『朝食営業中』の札が掛っていた。
「よかった、営業中だわ」
フランがホッとしたように息を吐き、入り口に居たスタッフに席への案内を頼む。
人間族の制服姿の若い男性スタッフは恭しく一礼し、2人を空いている席に案内してくれる。
「暫くしましたらレストランのスタッフが参りますので、御用をお申しつけ下さい」
2人が席に座って待っているとやがて人間族のメイド服姿の若い少女がやって来てこれまた恭しく礼をした。
「本日はご来店いただき、誠にありがとうございます」
彼女は2人に挨拶をした後にメニューの説明をしてくれた。
飲み物は数種類の紅茶、パンも数種類から選ぶ。
それに色とりどりの様々な種類の野菜を使ったサラダが付くそうだ。
主食は軽めの肉料理か、玉子料理のいずれかから選ぶらしい。
ルウとフランはお腹が空いていたので、全部で4人前の朝食を頼む事にした。
しかし結構多めの量を頼む客は珍しくないらしく、少女は笑顔で承りましたと告げて引き下がったのである。
「ふふふ、たくさん食べようね。旦那様」
にっこり笑うフランに頷いたもののルウは珍しく心配そうだ。
「そうだな……あの、フラン……身体の方は大丈夫か? 俺、無茶やったかもしれないから」
そう言ってフランを心配そうに見るルウ。
フランはそれを聞いて微笑むと首を横に振って心配しないでと呟いた。
「昨夜は凄かった。いつもの優しい旦那様じゃないみたいに……荒々しくて。痛みは少しあるけど」
「じゃあ治癒魔法を……」
痛みを和らげようと言い掛けたルウに対してフランはまた首を横に振った。
「私、嬉しいの。痛いけど……まだ貴方の存在を感じていたいの」
目を潤ませながら話すフラン。
ルウはそれを聞くと分ったと言い、微笑みながら頷いたのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
やがて朝食が運ばれて来た。
どれからも皆、出来立てで美味しそうだ
2人はいつものように感謝の『黙祷』をしてから紅茶に口をつけた。
茶葉の芳醇な香りが鼻をくすぐった。
「美味しい……」「本当だな」
2人が食事をしようとした瞬間であった。
ルウは何かを感じ振り返る。
すると1人の恰幅の良い老齢の紳士が立っていた。
「これはこれは失礼ですが、ドゥメール伯爵様のご息女では?」
一瞬戸惑った表情を見せたフランも相手が誰だか分ると咄嗟に作り笑いを見せる。
「これはヴァロフ様……はい、フランシスカです」
「お食事中に失礼。お母様はお元気ですかな?」
「はい、相変わらずですわ」
「成る程……ではまた、失礼致しました」
ヴァロフと呼ばれた男はフラン、そしてルウにも会釈をすると自分の席の方に去って行った。
豪奢な衣服を身に纏ってはいるが、ルウが見るところ貴族ではなく裕福な商家の男という感じである。
ルウが誰かと聞く前に苦笑したフランが説明してくれた。
「ザハール・ヴァロフ氏は北の王国ロドニアの商人よ。ヴァロフ商会を経営していて手広くこの大陸で商売をしているわ」
フランはヴァロフの席が自分達の席と離れている事を改めて確認した上で声を潜めて言う。
「この国の学校関係に納入する商品の大きな扱いを狙っていてね。ウチの学園の扱いも当然狙っているから、お母様に直ぐ便宜を図ろうとするの」
フランは小さく溜息を吐いた。
「でも何かにつけて金品を贈ろうとするので最近は一切断っているわ。あの人、他にも悪い噂が絶えないんですもの」
フランはうんざりしたような顔で肩を竦める。
しかしルウは別の事を考えていた。
殺気こそ無かったものの、彼からはあのヴィネが発したような独特の気配の残り香があったからである。
「フラン、彼には気をつけた方が良い。彼自身は人間に間違い無いが、確かに邪悪な魔族の気配を感じた」
「えええっ!?」
ルウは驚いて大きな声を出そうとするフランを手で制する。
「大丈夫、心配するな。俺がお前を守るという事はアデライドさんも守るという事さ」
「だ、旦那様」
「まあ、任せろ。フラン」
ルウは彼の言葉にホッとするフランに大きく頷いてみせたのであった。
ここまでお読みいただきありがとうございます!