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第103話 「英雄亭」

 魔法武道部の指導を終えたルウは本校舎のロッカールームで着替えた後、魔法女子学園の正門を出た。

 そして人気ひとけの無い所を選んで、転移魔法を使うと一気に屋敷附近へ戻ったのだ。

 ルウは正門から屋敷へ入ると、控えていた雑役女中メイド・オブ・オールワークスのロラに頼んで風呂の支度をして貰い、さっぱりしてフランの部屋を訪れる。


「フラン、今戻ったよ。待たせたな」


「いいえ、大丈夫よ。それより魔法武道部の指導の方は上手くいった?」


「ああ、何とかなりそうだ」


 そんな事を話しながら2人は部屋を出た。

 今日は王都で昼食を摂り、その後キングスレー商会へ出向いて、以前頼んだ特注品である『真竜王の鎧』やルウの服を受け取るのだ。

 フランは自分の革鎧がルウと『お揃い』というだけでもう舞い上がっている。

 先日買い物に行った時と同様に2人で歩きたいと言う彼女の意向で馬車は使わず徒歩で出発した。


「ねえもう最初から手をつないで良いかしら? 婚約したんだし」


 フランは左手の薬指を強調する。

 彼女の薬指にはシルバーリングが輝いていたのだ。


「そうか? そうなると俺はもう従者じゃなくて良いのか?」


 ルウはたまに変な事を言う。

 フランは思わず吹き出しそうになる。

 彼女が面白そうに首を傾げると美しい金髪が揺れて僅かに広がった。


 ……でも、もし従者のままだったら何でも言う事を聞いてくれるのだろうか?


「じゃあ、もう少し従者のままでいてもらっても良いかな」


「分った。フランの頼みなら従者のままでいよう」


 やっぱりこの人、変!


 フランは確り握ったルウの手を更にぎゅうっとしながら、心の底から嬉しそうに笑ったのであった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ルウとフランは手を繋いで王都の中央広場を歩いている。

 この前もそうであったが、それぞれ魔法使いが着る法衣ローブまとった、黒髪・黒い瞳の長身の男と金髪碧眼の美しい貴族の令嬢が連れ立って歩くと、やはり目立つらしい。

 道行く女達は羨望の眼差しで2人を見詰め、男達はそれ以上の恨みがましい殺気の篭った目で舌打ちしながら2人を見送った。


「ええっと、お腹が空いたわね」


 フランはちょっと俯いてルウに囁く。

 このような事を言うのは恥ずかしいのか、少し頬をあからめている。


「実は『この前のお店』は大きな声を出したから出入り禁止を言い渡されちゃったの」


『この前のお店』とは先日ルウとフラン、そしてナディアが食事をした洒落た店である。

 3人が騒いだのが原因で支配人が出入り禁止を言い渡したらしいが、貴族の令嬢であるフランとナディアにそんな事を言い渡すとはたいした店だ。


「この前は本当に御免ね。何か旦那様を騙したみたいで心苦しいの……」


 店で食事をしながらナディアと2人がかりでルウを婚約者にした事を言っているのであろう。

 フランは益々頬をあからめて恥ずかしそうに俯いた。


「いや、吃驚したけど……」


 頭を掻くルウ。


「俺も大きな声を出したし、悪かった。だけどフランとナディアを妻に出来て本当によかったと思っているんだ」


 フランは一瞬ポカンとルウを見詰めてしまう。

 しかし直ぐに真っ赤になってまた俯き、ぽつりと呟いたのだ。


「駄目! そんなに嬉しい事を言わないで」


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ―――2人は中央広場をあちこち見て昼食を摂れる店を探し始めた。

 時間が時間なだけにたくさんの人々がお店で昼食を摂っており、様々な店から良い香りが漂って来る。

 やがてルウが1軒の店を見つけたようだ。


「あの店とか、どうだ?」


「え、あ、あの店?」


 フランが驚いたのも無理はない。

 ルウが指差したその店は通常フランのような貴族が行くような店では無い。

 看板自体が木を製材せずに丸太を割ってその表面に焼印を押したような武骨な物だ。

 看板には『英雄亭』と書いてある。

 いわゆる冒険者や庶民向けの居酒屋ビストロであった。

 大きく開け放たれた店の入り口からは喧騒が洩れている。


「旦那様が良ければ私は構わないけど……」


「俺、鼻が利くんだ。あの店の料理は結構美味そうだぞ。じゃあ決まりだ、入ろう!」


「あ、ちょっと……」


 心の準備が……とでも言いたかったのであろうか、フランは少し躊躇ったようであるがルウは構わず彼女の手を取ると店の中に足を踏み入れていた。

 

 店に入って来た2人に一斉に視線が集中する。

 

 街中同様に2人対して妬みを持った視線もあるが、それ以外の物も多い。

 テーブルは10卓ほどあったが、お昼時のせいもあり殆どが客で埋まっていた

 まもなく栗色の髪を三つ編みにした人間族のメイド姿の少女が2人を認め、声を掛けて来る。


「いらっしゃいませぇ、2名様ですかぁ?」


 少し舌足らずな喋り方だが大きな目がくりっとした栗鼠のような少女である。


「ああ、そうだ。昼飯を食べたいが席はあるか?」


「はぁ~い。丁度空きましたぁ」


 少女はルウとフランを隅の2人掛けのテーブル席にいざなうと、お飲み物は?と尋ねたのだ。


「じゃあエール2つ。フランも良いか?」


「ええ、お願いするわ」


 ルウが少女に聞くとドゥメール伯爵邸の夕食会で出したようにこの店も冷えたエールを出すらしい。

 彼は即決してそのエールをオーダーし、料理は日替わりのメニューを頼んだのである。

 やがて良く冷えたエールが注がれたマグが2つ運ばれてきた。

 フランがマグに触ると余りの冷たさに小さく悲鳴をあげる。


「うわあっ! 冷たい。これ……マグもキンキンに冷やしてあるのね」


「そうなんですぅ。専任の魔法使いさんが冷やしてくれてまして、こうするとエールの温度が冷たいままキープされるので良いんですぅ。料理は出来たら直ぐ運びますぅ。じゃあ、ごゆっくり」


 メイド姿の少女は2人に一礼すると厨房の方に去って行った。


「へぇ~。思ったより礼儀正しい接客ね」


 フランが少女に感心してから、早速マグを持ち上げ、ルウに乾杯をしようと促した。


「乾杯!」


「かんぱ~い」


 2人はマグを合わせて乾杯する。

 陶器同士が当たる軽い音がした。

 そしてルウはぐいっと飲み、フランはふた口程エールに口をつける。


「美味いな!」「美味しい……この前、家で飲んだのとは銘柄が違うみたい」


 2人は、にこやかに笑い合った。

 その瞬間、背後からいきなり含み笑いをした男の声が掛る。


「へへへ、ちょっと良いかな? 兄ちゃんに、姉ちゃん。あんた達は結構な腕の魔法使いと見た。そのエールくらい美味しい儲け話があるんだが……」


 話しかけてきたのはかつて無所属フリーの冒険者達の溜まり場でオレリーに声を掛けたアメデオという男であった。

 ルウ達で自分がひと儲けしようとする意思がまる分かりであった。

 相変わらず、その目付きは鋭く口元には笑みが浮かんでいる。


「いや、食事中だからお断りだな」


 ルウがきっぱりと断ってもアメデオはしつこかった。

 揉み手をしながらフランの方ににじり寄って来る。


「兄ちゃんが駄目なら、綺麗な姉ちゃんの方はどうだい? いやぁ、こんな美味しい話を見送る手は無いぜ。なぁ良いだろう?」


「おい、同じ事を何度も言わせるなよ」


 ルウがフランを守ろうと立ち上がった時であった。


「こらぁ! アメデオ! また嫌がる冒険者にコナ・・かけてるな?」


 低く野太い声が響き渡る。

 

 ルウとフランが声のした方を見るとあのジーモンに勝るとも劣らない筋骨隆々の堂々たる偉丈夫が立っていた。

 年齢で言えば、老齢と言っても良いであろう。

 しかし男の醸し出す雰囲気は衰えなど微塵も感じさせないものである。


「ダ、ダレン。そんなんじゃあねぇ、お、俺は……」


 ダレンと呼ばれた男に一喝されたアメデオは全く意気地が無い。


「またやったら、もう俺の店には出入り禁止だと言っておいた筈だ」


「か、勘弁してくれ!」


 ダレンは丸太のような腕を伸ばし、懇願するアメデオの首根っこを掴むと店の外に放り出した。


「駄目だよぅ、ダレン爺。アメデオの勘定、未だ貰っていないよぅ」 


 店の前の通りに無様に伏したアメデオを見ながら先程の少女がダレンに悲しそうな顔で言う。


「あ、ああそうか。そりゃまずったか。でもまあ良いや。お客さん方、悪い事をしたな、俺がこの『英雄亭』のあるじ、ダレン・バッカスだ」


 居酒屋ビストロ『英雄亭』の店主ダレンはそう言って苦笑いすると、困ったように頭を掻いたのであった。

ここまでお読みいただきありがとうございます!

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