第102話 「戻るべき場所」
ルウが放った大きな炎の渦がジゼル達を襲う!
まさかこのような炎の魔法を使うと思っていなかったであろう。
予想だにしなかった攻撃にジゼル達3年生クランの対応は完全に遅れていたのだ。
このままでは結構な火傷を負う事になるのは間違いない。
『ジゼル、落ち着け。炎が届くのを少し遅くするから水の障壁を発動するんだ』
ルウの声がいきなりジゼルの頭に響く。
これはルウの魂からジゼルの魂へ呼びかけて直接会話する『念話』である。
『旦那……様!』
『説明は後だ。時間が無いぞ、落ち着いて魔法式を唱えるんだ』
『は、はい!』
この間の時間は、実際には僅か数秒であろう。
ジゼルは素早く深呼吸をすると一気に魔法式を唱えた。
「水を司る天使よ! 我等へ加護を! 大いなる水の守り手を遣わせ給え! ビナー・ゲブラー・ケト・サーキエール」
ジゼルの魔法式が発動するといきなり巨大な水柱が立ち並び、炎の渦はあっけなく消し止められてしまった。
「ああっ!」
「くっ!」
悔しそうに呻くのは1年生のエディトにクロエである。
自分達の火の魔法にルウの魔法が加わり、もう少しで雲の上の存在とも言える3年生クランにダメージを与えるところだったからだ。
それに対して3年生の2人はジゼルの咄嗟の反応を素直に賞賛する。
「さすが部長です」
「さあ反撃しましょう」
しかし、そこでルウの試合終了の声が掛かかった。
「よ~し、ここまでだ。さすがはジゼル、得意の魔法障壁で対応するとはな」
ルウにそう言われるとジゼルも話を合わせるしかない。
「いやルウ先生。私達が油断し苦戦したのは見た通りだ。それより1年生のクランの連携攻撃には驚いた。想像以上……いや実質的には私達の負けとも言える結果だ。良くやったと思う」
潔く負けを認めたジゼル。
最初は悔しかった気持ちも1年生を称え、そう話すうちにジゼルの心はだんだんと嬉しくなっていった。
3年生の面目が保てた事に対する感謝、そして3年生と互角に戦えた1年生の自信を持った表情。
やがて今戦った先輩と後輩のクランがお互いに駆け寄り、楽しそうに語り合う。
1年生にとっては今迄苦しいだけでしかなかった部の練習だったのだろうか?
それがルウの配慮でこの戦いに臨んだ全ての部員が満足する結果になったのだ。
ジゼルは思い切り胸を張る。
彼女は誇らしい気持ちで一杯だったのだ。
これが……私の旦那様なのよ。
素晴らしいでしょう!
戦いを終えたジゼル達を見守る人影が5つ。
1人はこの部の顧問であるシンディ・ライアン。
そして副部長のシモーヌ、そして残りの3人は今日部活を無断で休んだ1年生である。
シンディは学生寮に出向き、何とか4人を説得して屋内闘技場に連れて来たのだ。
シモーヌは呆然としている。
自分が碌に話も聞かずに否定したルウのやり方で3年生と1年生がにこやかに話をしているからだ。
彼女の後ろに回した手の中には汗に塗れた退部届けが握られている。
シモーヌはもう魔法武道部をやめる覚悟だったのだ。
「お~い、シモーヌ。それに1年生達もこっちに来いよ!」
大声でルウがシモーヌ達を呼ぶ声がした。
大きな動作で手を振ってシモーヌ達を招いているのを他の部員達は笑って見守っている。
それを見た1年生3人はおずおずと歩き出したが、シモーヌだけは動かない。
「ほら、ルウ先生が呼んでいるわよ」
シンディの呼びかけにもシモーヌは俯いたままである。
そのうちにルウとジゼルがシモーヌの所にやって来た。
「シモーヌ、待っていたぞ」
「シモーヌ……」
ルウが呼び掛けても相変わらず黙って俯くシモーヌをジゼルは心配そうに見詰める。
「こんな物は不要だな」
いつの間にかルウの手の中に彼女がずっと握り締めて汗に塗れた退部届けが握られていた。
「へ!?」
呆然とするシモーヌ。
ルウが品物を自分の手元に持ってくる『引き寄せの魔法』を使ったのである。
そして手を開くと空中で浮かんだ退部届けが一瞬のうちに燃え尽きていたのだ。
「シモーヌ、お前はこの部に絶対必要な人間さ。ここはお前が戻るべき場所なんだ。ジゼルと共に仲間や後輩を引っ張ってくれよ」
ルウが穏やかな表情でそう言った途端にシモーヌの顔がくしゃくしゃになる。
そして手で顔を覆い、しゃがみこんでしまったのだ。
「ジゼル、後は頼むな……」
ルウはジゼルにシモーヌを託すと再び1年生クランと組んで2年生のクランと戦うべく戻って行ったのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
魔法女子学園屋内闘技場、午前11時50分……
「うわぁ、くたくたよ!」
「でも面白かった!」
「何か1人じゃ無理だけど皆で戦えば何とかなるような感じって好きかも」
初めて実戦に臨んだ1年生達が元気良く小鳥のように囀っている。
あれから、つまりシモーヌ達が屋内闘技場に戻ってから……
ルウは1人で1年生の各クランの助っ人として戦い続けた。
さすがに部員達、特に3年生と2年生のクランは度重なる連戦により肩で息をしているのに対して彼は涼しい顔で穏やかな表情は変わらない。
「シンディ先生。じゃあ、申し訳ないけど、俺は午後から用事があるので後は宜しくお願いします」
ルウがシンディに頭を下げるとシンディは笑顔で応えた。
「ええ、今日はもう充分よ。貴方のおかげで皆が仲良くなって、その上やる気も出してくれたわ」
ルウが引き揚げると見たジゼルとシモーヌが駆け寄って来た。
シモーヌはあれからジゼルが率いる3年生のクランに入って思い切り戦ったのである。
「おう! お疲れだな、2人共。午後も宜しく頼むぞ」
労わるルウにシモーヌがおずおずと声を掛ける。
「ル、ルウ先生! あ、あの……」
ルウは相変わらず穏やかな表情だ。
「ま、またご指導宜しくお願いしますっ!」
シモーヌにしては精一杯の言い方なのであろう。
彼女は大声で言い放つと踵を返してまた部室の方に走ってしまったのである。
それを見たジゼルが苦笑しながら挨拶をした。
「では、旦那様……いや、ルウ先生。ありがとうございました。また」
ジゼルは深くお辞儀をすると名残惜しそうに手を振りながらシモーヌの後を追って行く。
それを見たルウは大きく頷くと本校舎に戻るべく歩き出したのであった。
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