第10話 「面接と採用」
「う~ん。フランには話したんだけど、最初から話した方が良いのかな」
頭を掻きながら、苦笑いするルウ。
「フランに話した様に私にも最初から話してね」
しかしアデライド・ドゥメール伯爵から再度、念を押されるとルウは小さく頷いてぽつりぽつりと話し始めた。
10年前、自分が9歳か10歳と思われる時……
気がついたらヴァレンタイン王国北方に位置するロドニア王国より更に北の森の中を彷徨っていた事。
そしてアールヴのソウェルと称される老人に拾われ、育てられた事。
魔法の才能があると言われて10年間徹底的に鍛えられた事。
今年、その育ての親であるアールヴが亡くなり、生前にその後継に指名されていた。
だが、人種の違いなどから自分には跡を継げないと判断、当ても無くアールヴの里を出て旅立った事。
里を出て1ヵ月後、フランが襲撃された所を助け出し、今この屋敷に居る事。
「境遇って言うか、こんな生い立ちなんだけど……」
屈託無く笑うルウがアデライドには不憫でならなかったが、彼はあっけらかんとしている。
不思議に思ったアデライドが「何故?」と尋ねる。
「俺はとても幸運だったから……」
自分を拾ってくれたアールヴに出会って、幸せに暮らせたのを感謝しているとルウは言う。
魔法使いとしての才能を引き出してくれた事、生きていく術を教えてくれた事、そして家族としての温もりを与えて貰った事。
語るルウは、相変わらず笑顔のままである。
アデライドは彼の言葉がどうしても信じられなくて、もう1回ルウに尋ねてみた。
「幸運? だって本当の親御さんとか気にならないの?」
「まあ……気にならない事はないけれど」
ルウは呟き、一旦口を噤むとアデライドの顔を見直した。
そしてまた、ゆっくりと口を開く。
「記憶を喪失しているので何の手懸かりも無いし、親に会えるのならいつか会えるでしょう」
ルウは過去やその柵に関しては達観していた。
敢えて望むならば……
どこかにいる自分の身内が、幸せに暮らしていればそれで良いと考えているようだ。
「それよりも、この世界をいろいろ見たくなったから」
自分の親代わりだったアールヴのソウェルが語った旅の話に、ルウは心躍らせたと言う。
ソウェルは数千年生きた人生の殆どを使って、この世界を見て回ったらしい。
人智を超えた存在や人種、獣などとアールヴという枠を越えて触れ合った話をソウェルから聞き、いつか自分も旅に出ようと考えていた事を、ルウは嬉々として話すのだ。
「俺は人間族だから、長命なアールヴ族のように時間はたっぷりと無いでしょう? だから直ぐ旅に出ようと決めたのですよ。とりあえず冒険者になれば、金を稼ぎながら世界を見て回れますからね」
ルウはそう考え、アールヴの里を出るとこの大陸で冒険者の国と呼ばれるヴァレンタイン王国に向かったのである。
ルウの生い立ちと、これまでの人生を知り、アデライドは圧倒されている。
「あの……この世界全てのアールヴを束ねるソウェルが……ルウ、貴方の育ての親っていうのがまず驚きなんだけど」
「ふ~ん、そんなに凄いのかな? 俺から見たら気難しい普通の爺ちゃんだったぞ」
あっけらかんと言うルウ。
アデライドは呆れて言葉も出なかった。
アールヴの長であるソウェルから、直伝で魔法を習う。
この青年はそれが、どれだけ凄い事か分かっていない。
思わずアデライドに羨望の気持ちが湧き上がる。
出来れば! 出来れば私だって教授して貰いたいもの!
ああ、習ってみたい!
アデライドは想像するだけでときめきを抑え切れなかったが、とりあえずもっとルウの話を聞く事にした。
「成る程ね、貴方の境遇は分かったわ。で、魔法の方も教えて貰っても良い?」
「ああ、基本はアールヴが使うと言う精霊魔法を爺ちゃんに教えて貰った」
「やっぱりさっきのは精霊魔法なの!? 確かにアールヴは精霊魔法を使うと聞いているけど、精霊との交信はかなり難しい筈よ」
人間が主に行使している魔法式とは……
かって創世神やその使徒、そして精霊が行使した魔法のほんの一部を、魔法を学んだ先人達が長い時間をかけて定式化したものであり、魔法体系はそれを蓄積したものだ。
それに対して主にアールヴ達が行使する精霊魔法は術者が精霊自身を呼び出してその力を直接借りて行使するので、魔法式を使った魔法に比べると効果が桁違いに大きいと言われている。
「うん、爺ちゃんにもそう聞いているよ。全てのアールヴがお前みたいにこの魔法を使える訳ではないって、行使出来ないアールヴは人間同様、独自の魔法式を使って魔法を行使しているってさ」
そうよね、ルウの言う通りだわ……
アデライドは納得して頷いた。
いくら妖精に近いアールヴ族とは言っても彼等全員が精霊魔法を使えないほど難易度は高いのである。
「でも俺は4大精霊全てに祝福して貰ったから平気だったよ」
はぁっ!?
今、何て言ったの? 4大精霊全てって言った?
そんな馬鹿な!
アデライドは自分の耳を疑った。
種族を問わず、生まれた時から人間には魔法適性と言うものがある。
例えばアデライドは火属性の魔法適性があり、風属性の魔法の準適性がある。
それ以外の属性魔法は魔法式を使用するものであれば唱えられなくはないが、通常、属性に適性の無い者が唱えた場合は効果が著しく落ちてしまうのだ。
「そんな事って……あ、あり得ないわ!」
愕然として繰り返して呟くアデライドにルウは首を横に振った。
「アデライドさん、今まで何人か存在したらしいよ。神代の時には魔族にもアールヴにも結構居たらしいし、爺ちゃんが生まれてからの7千年の間には爺ちゃん自身を入れて3人は存在したって」
はあ!? 7千年で3人って!
「もしかして、それってす、凄いことじゃあない?」
吃驚して叫んだアデライドに対し、きょとんとするルウ。
そんなルウを見たアデライドは、ある意味、彼が理解出来て来たのである。
この子は……魔法の才能やそれに付随する知識は凄いけど、アールヴの里で暮らしていて、人の世界の一般常識とかは殆ど知らないのだわ。
アデライドはそう思うと少し微笑ましくなった。
しかしルウからは、またもや衝撃の発言が飛び出した。
「俺は爺ちゃんから見た4人目の全属性魔法使用者だってさ」
「オ、全属性魔法使用者!?」
アデライドはその恐るべき事実を聞いた上で、目の前の青年を見ても全く実感が湧かなかった。
しかし、彼の声で現実に引き戻された。
「ところで俺、これからどうしたら良いのかな?」
「どうしたらって?」
ルウは、この子は一体、何を言おうとしているんだろう?
「俺はこのヴァレンタインで冒険者になるつもりだったんだ、でも……」
アデライドはルウが次に何を言い出すのか、全く予想がつかなかった。
そして……
「フランが、フランが駄目って言うんだ」
「…………」
「俺はこのままフランを見捨てられない、約束もしたんだ」
約束?
フラン……私の娘はこの子と何の約束をしたというのか?
そう聞くとルウは一瞬、躊躇したが、はっきりと答えてくれた。
「フランがいる、アデライドさんの学校の先生になってくれって……頼まれたのさ」
一瞬、その言葉にハッとしたアデライドであったが、すぐに微笑みながら口を開く。
「そう……ルウ、ありがとう。娘を、フランの事を大事に思ってくれるのね」
アデライドは、ルウの気持ちが素直に嬉しかった。
フランはかつて起こったある事件のせいで婚約者を亡くすと……
巷で影があると言われるようになり、母である自分から見ても、まだまだ性格的に脆い存在だったのだ。
それがあんなに楽しそうに、積極的に振舞うなんて……
ルウに命を助けて貰った事は確かに大きいだろう、が、それだけでは無い筈。
そう考えるとアデライドは、フランが何故彼を学校に引き入れようとしたか、分かる気もしたのである。
「でもさ、俺、魔法使いとしてまだまだって爺ちゃんにずっと言われていたんだ、そんな俺が先生なんてやれるのかな」
思いがけない事を言い出すルウに対して、アデライドは思わず吹き出した。
「ふふふふふ、面白い事を言うわね、貴方。そんな事を言ったら、世界中の殆どの魔法使いに殴られるわよ」
「…………」
アデライドの言葉を理解出来ないルウは不思議そうに首を傾げる。
彼にとっては、ソウェルの言葉が物差しなのであろう。
「ふふ、まあ良いわ。今は春季休暇中で、その間に研修をして貰う事になるけど、フランシスカ校長代理の推薦と私、理事長のアデライドの承認がたった今、ここで下りたわ」
アデライドは悪戯っぽく笑い、続いてルウと学園との間に取り交わされる教師としての雇用契約締結を言い渡したのだ。
「……1年間の試用期間を経ることになりますけど、とりあえず貴方をヴァレンタイン魔法女子学園の臨時教師として採用します。待遇などの条件は私に任せてね、乱暴なようだけど悪いようにはしないから。……いろいろな意味で頼りにしているわよ、ルウ」
「俺……」
アデライドの話を聞いてルウは思わず逡巡した。
やはり冒険者になるという決心との狭間で揺れているのだろう。
しかしフランの事を考えたアデライドは、「ここぞ!」とばかりに迫った。
「あらあら……どうしたの、さっきみたいに言ってくれないの?」
アデライドはにっこりと笑うと、「ほら言って!」と右手を差し出したのである。
こうまで言われたら、ルウも迷ってはいられない。
「分かった! まあ、任せろ!」
アデライドの右手をがっちり掴んで握手すると、ルウは大きな声でそう返したのであった。
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