異界日記-社会不適合女が異世界トリップしてヤンデレ神子に軟禁されました-
宗教国家、聖プラゴド王国。
一神教シュフリスカを信仰し、癒しと守りの力である神力こそ至高と考えるその国は、100年に一度大災害に見舞われる。
邪鬼の大量発生。
神殿の力では対処仕切れない邪鬼を滅ぼすべく、聖女は異世界から莫大な神力と、強靭な肉体、清らかな魂をもつ「神子」を召喚する。
だが儀式には欠点があった。
召喚の移動中に、神子が「穢れた力」吸収して、神力を汚してしまう可能性がある。
そのため、召喚には、神子の代わりに穢れを負う防波堤が必要だった。
神子の代わりに穢れを身に纏う存在を、プラゴドでは「招からざる客人」もしくは盾と呼んだ。
地球の日本にあるとある駅。
一人の女が、駅の階段から落ちて死にかけた。
たまたまそばにいた、不思議な癒しの力をもつ少年が咄嗟に自身の力を使って治療を試みた瞬間、少年の力に反応した召喚魔法が二人を包んだ。
ざわつく駅の構内、
一瞬にして二人の姿は消えていた。
少年は「神子」
女は「招からざる客人」
少年が役割を果たして、邪鬼をすべて滅した後も、二人は元の世界に戻れなかった。
苦しい
「なんで『穢れた盾』なんかが神殿に」
苦しい
「神子様がお優しいから調子に乗って」
苦しい
「大して美しくもない癖に…ああ、見るも穢らわしい!!」
――消えてしまいたい
「――ごめんね。葉菜さん」
そう言って神子は、葉菜を優しく抱きしめた。
地下牢のような「穢れの間」は、それでも本をはじめとした生活に必要なものはすべて揃っている。
食事は定期的に運ばれてくるし、なかなか美味しい。
最高の引きこもり生活。
元の世界でも、望んでいたものだ。
なんの不満もない。
「神子は悪くないよ」
蔑まされるのも、悪口を言われるのにも慣れている。
ただその原因が、葉菜の性格から、葉菜の存在に代わっただけだ。
そう、神子は悪くない。
悪いとは言えない。
それを口にした瞬間、葉菜の人間との最後のつながりが消えてしまうのだから。
「葉菜さん…隣国のグレアマギでは葉菜さんみたいな能力がある人は大切にされるらしいよ?葉菜さんはこの国を出たい?」
(自分が大切にされるー…?)
(冷たい視線に晒されることもなく、存在を否定されることもなく)
出たい、と思わず言いかけて、葉菜は固まった。いつも微笑を浮かべている神子。だが、今その目はけして笑ってはいなかった。
「出たく…ない」
「そうだよね。葉菜さんには俺がいるもんね。」
神子は満足そうに満面の笑みを浮かべると、一層強く抱きしめた。
「俺が守ってあげるよ。葉菜さん。俺が葉菜さんのそばにいてあげる。葉菜さんは何も考えないでよいよ。何も辛いことは見なくてよいよ。ただ俺のことだけ考えていて」
優しく告げられる言葉は、どこまでも甘く、そして狂気に満ちている。
あぁ、なんて心地よい言葉だろう。
この世界にくる前から、自分はこの言葉を望んでいた気がする。
「葉菜さん、勘違いしないでね。俺はね、唯一のあの世界の同胞だから、葉菜さんを離したくないわけではないよ。他の誰にでもこんなことをするわけではないよ」
「――え…」
「愛してるんだ。葉菜さんを、葉菜さんだけを」
葉菜の目から涙が溢れた。
葉菜は愛が良くわからない。
大事なのは、自分で。
それ以上に誰かを大事に思えなくて。
だけど、今なら
他の誰かを考えることも出来ず、
自分自身のことを考えることが、すべて神子を考えることと直結する今なら
「私も…私も、神子を愛してる」
自分が口にする『愛してる』が真実のような気がした。
泣きながら眠ってしまった愛しい人の寝顔を見ながら、神子は微笑んだ。
特別美しいわけでも、優れた人格をもつわけでも、ない。ちょっと可愛らしい容姿と、癖がある性格。
なのに、はじめて会話を交わした時から神子を惹き付けてやまない。
もしかしたら一目惚れだったのかも知れない。あの駅の惨劇で、出会ったあの瞬間に。
神子は、すべてを棄てさせられて異世界に連れてこられた。なら、唯一ほしいと思った元の世界のものをそばにおくくらい、許されるだろう。
いや、許されなくても、許させてみせる。その力をが、神子にはある。
(ネズミを排除しないとな)
今朝見かけたグレアマギからの使者を思い出す。
聖女をはじめた上層部が勝手な動きをしようとしている。
そろそろどちらが上か、教えてやらなければやらない。
「俺が、守ってあげるからね。葉菜さん」
敬虔な騎士のように膝まづいて眠っている葉菜の手に口付けを落とした。
だけど、その目は爛々と狂気に光っていた。
それから数年後、宗教国家プラゴドは、聖女と神殿による統治から、強大な神力をもつ異世界の神子による絶対王政へと代わることになる。
神子は一生涯正式な婚姻はしなかったが、何人かの庶子がおり、年長の一人が、王位を継いだ。
庶子の母親を、生涯「穢れの間」に幽閉された「穢れた盾」の存在を知るものは、誰もいなかった。