前夜祭 4
死体を隠した後に当てもなく街を歩いていたら、いつの間にか空は茜色へと変わっていた。
二人して立ち尽くし空を見上げているさまはさぞかし滑稽だったことだろう。
「あしたは、晴れるかな」
桃香がぽつりとこぼす。
私は彼女の横顔を見たあとに自分の指に視線を移した。田村の血が爪の間に入り込んでしまっているのだ。念入りには洗ったつもりだったのだが深爪のせいでなかなかとれない。
「晴れの日が好きなの?」
「あの時も晴れだったから。出来るなら藍川君と同じ空の下で死にたいなって」
もう一度桃香の顔を見てみた。
泣いてはいない。静かな表情だけがそこにあった。
私が壊してしまったのか。
自分で壊れてしまったのか。
「…そうだっけ」
実のところ、そこまで覚えていない。
あの日の私の眼球にこべりついているのは赤色だけだ。
それに京香の最後の言葉が。
“愛している”。
――あの子らしい呪縛だと思う。
その短いフレーズを聞くたびに私は何度もあの光景を思い出すのだろう。
それもよかったかもしれない。死んだ片割れにいつまでも束縛されるのも。
でも、それじゃあ――だめなのだ。
私は生きている京香がいてほしいのだから。
「明日香ちゃん」
「ん?」
「これから、今日、どうするの?」
「家に戻るけど」
積極的に帰りたいとおもえる場所ではないが。
「帰って何するの?」
「何って――何が?」
「いや、なんというか明日香ちゃんさっきからやけに緊張しているから」
むに、と桃香が頬をつねってきた。
冷たい指先に身を一瞬震わせたが何ともないふりをする。
生きているのか疑わしいほどに冷え切っている。
「んー…ふぉうかな」
つままれたまま喋ったために変な発音となる。
「なんていうのかな。そわそわしているよ?」
頬を引っ張る手から解放される。
そこだけやけに熱を持ってしまった。
「そんなつもりはなかったけどな」
「…いろいろ隠しているよね、明日香ちゃんは」
隠しているというか、言えないだけなのだが。
「ミステリアスなほうがいいでしょ?」
「よく分かんないよ…」
呆れかえったように桃香がため息をつく。
それでいい。
これ以上追及されるのは避けたいことだった。
「日が落ちそう。もう帰ろうよ」
話を逸らす意味も込めて言うとしぶしぶと彼女は頷く。
分かれ道まで無言で歩いていき、そこで一回立ち止まる。
「じゃあ――また明日」
軽く手をあげる。
「また明日」
桃香も手をあげ返し踵を返した。
その背中が小さくなるまで見守って私も私の道を歩き出す。
手のひらにじっとりと汗をかくぐらいには緊張している。
でも当たり前のことかもしれない。
これから両親を殺すのだから。
ある程度、周辺整理はやっておかないと。
遅れましたすいません