六日目・存在しない共犯者
そこでいったん明日香は言葉を切った。
俺と岡崎はしばらく何も言えずに黙っていた。
あんまりにも現実離れしすぎていてこいつの創作なんじゃないかと疑ったぐらいだ。
だが思い返してみれば占領事件および後処理には不明な点が多すぎるし、事件を追っていた幼馴染経由できいていたからこそ信じられたようなもので。
「すべてエゴなのはわかっていますよ。でも、私はそうしなければならなかった」
「友人を巻き込んだ件については? 今はどう思っている?」
「……彼女には本当に悪いことをしましたよ。もしかしたら今も生きていられたかもしれないのに」
それはどうなのだろう。
明日香も分かっているはずだ。桃香という少女は、死ぬつもりだった。
それに『殺人者』というレッテルが貼られたかどうかの違いで――
「あれ? でもさ、明日香ちゃん」
岡崎も同じことに気づいたらしかった。
唾を飲み込む音がしてから彼は問いかける。
「すべて君ひとりの犯行だって言われているよね?」
「だよな。他二人はどうなった?」
「まあお二人とも落ちついてくださいよ。これからちゃんと話しますから」
疲れたように明日香がため息をつく。
「そもそも本当に私だけの犯行だと思っていたんですか? 女子高生に百人も殺せると思いますか?」
「お前ならできそうだけどな」
「うん、まあ、悪いけど明日香ちゃんなら」
「どうなってるんですか私のイメージは…」
頭を抱えているらしい。
悪いがか弱いとかそういうイメージを持っているつもりならいますぐ投げ捨てたほうがいい。
この数日のことを思い返すともう『少女らしい』というのがことごとく消えている。その代わりに『容赦のないかろうじて人間のであるもの』というイメージがうなぎのぼりだ。
「共犯がいないと事件を起こすのは不可能なはずだって話は確かにあったけど……」
「あの男の子はいろいろあって離脱しましたが、ちゃんと桃香は有言実行していましたよ」
「じゃあ共犯は結局いたってことかよ。なんでその桃香ってやつの名前は公表されていないんだ」
逃げたのか。死んでいたとしても同じことだ。
明日香だけに罪をかぶせたことには何ら変わりない。
「されていますよ。事件後に出来た慰霊碑に名前が載っているはずです。見たことないので何とも言えませんが」
「慰霊碑?」
「占領事件と私が起こした事件の被害者の名前が彫り込まれているんですって」
そういえば幼馴染が言っていたな。
事件の風化を防ぐためだとかで作られたんだっけか。
やりすぎな気もしないでもないが、二つの事件を『カタチ』として残しておきたいんだろう。
彫られた名前は痛ましさを誘い、彼ら彼女たちの存在を後世に伝えていく。
例の十人の名前は絶対に無いだろうが。
「どうしてそこに春山桃香さんの名前が?」
岡崎が引きつった声色をしていた。
最悪な結果を聞くように。
明日香は平坦な声で返した。
「殺したからですけど、私が」