前夜祭 3
人気のない校舎裏。
教師の目が届かないからか足元にはタバコが散乱している。
そして、私の視界の真ん中。
人間が死んでいた。
初めての殺人だというのに感情は一切動かない。
手に残る肉の感覚が気持ちわるいということぐらいだ。
汚れていないほうの手で桃香にメールをうった後、私は田村の死体を見下ろす。
制服のズボンごしに分かる男性器は中途半端に存在を主張していた。
本来なら、それは今使われていたのだろう。
もう二度と使われることのないそれから目を逸らして、田村の手に握られていた写真を奪い取る。
小さな写真。しかも、古いために色あせている。
そこに写るのは幼い日の私たちだ。
どこかの公園で仲良く笑っているような、そんなほのぼのとしたモノではない。
布の上で、裸で、そしてなんらかの液に汚れた私たちだ。
片方の少女には鎖骨に二つほくろがある。断言できる、私だ。
唇を噛みしめて握りつぶした。
この時のことを覚えていない――というわけではない。
夢だということにして忘れようとしてきたがエピソード記憶だけは悲しいことに万能で、その気になれば鮮明に思い出せてしまう。
ただどうして田村がこんなものを持っていたのかが不思議であった。
呼び出された場所へ赴き、待っていた彼と一言二言話したのちに首を刺した。そのために写真の繊細は一切不明だ。
我ながら馬鹿だと思う。
今更身体を売るなんて慣れたことであるし、写真の情報だってその時に聞き出せたかもしれない。
だが残念ながら田村がこの写真を使い京香を脅していたことを知ると頭に血が上って判断力がひどく下がってしまったのだ。
どうせなら明日殺しても良かったのに、とにかく今ここで始末したくて。
「知られたくなかったの? 京香…自分を犠牲にしてまで」
こいつの性格のことだ。写真を見せつけて関係を迫ったんだろう。
拒否をすればばら蒔くとか脅して。
京香は優しくて、臆病で、人間だったから。
居場所である学校での生活が崩れるのを恐れて言われるがままになったんだろう。
馬鹿な京香。私の片割れ。
「私になにも言わなかったなんて」
そんなに私は脆く見えたのだろうか。
――違う。私がまさにこの通りの行動をしかねないから黙っていただけか。
それもそうか。
昔から私は喧嘩っ早くて、京香がいつも止めていたんだから。
そのぐらいは予想できていてもおかしくない。
そんな気遣いもあなたが死んだことで無駄になっているというのに。
「明日香ちゃん!」
「桃香、早かったね」
息せきって友人がかけてきた。
目を丸くして私と田村を見比べた。
「なに、なにがあったの? これはなに?」
ただでさえ行動前日だというのに変な刺激を与えていいものか悩んだが、素直に言うことにした。
簡単に説明すると、桃香は手をぎゅっと握りしめた。
「京香ちゃん…」
「桃香、これが人を殺すことだよ。出来る?」
「明日香ちゃんはどうして大丈夫なの?」
「大丈夫じゃないよ」
ぎぎぎ、と頬から音が出るかと思うほどぎこちなく唇があがった。
「自分でもびっくりだよ。ここまで何も感じないなんてね?」
「……」
人間を刺したら、ただの肉となりました。
そんな認識だけだ。
「……ま、そんなのはいいよ。とにかくこれどうするか」
「なんで? すぐ見つからないところに隠すだけでいいじゃん」
「埋めたほうがいいと思うんだけど…」
「変なの」
桃香は泣きながら笑う、おかしな顔をしていた。
「あたしたち、明日にはいっぱい人殺して、死ぬのに。体力は温存しなきゃ」
もう止めるところのできない段階まで来たんだと悟った。
私は殺人者で、もう元には戻れない。
帰る場所なんてない。
次回一話だけおじさんに戻ります