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人殺したちのコンクルージョン  作者: 赤柴紫織子
三華宮高校占領事件
66/178

事件が終わった後、事件が始まるまで 5

 あの男の話を信じたわけではない。

 ただ、話のすべてを疑うほど周りが潔白というわけもではなく。

 事件の起きたあの日。

 『京香』のクラスメイトは明らかに様子がおかしかったのだ。

 京香になにかをしてしまったような、そんな印象を抱いた。

 昨日そのクラスメイトとたまたますれ違った時、ひどく怯えられたあげくに逃げられたし。

 彼女だけでなく、『京香』のクラスメイト全般に避けられているような気もする。

 それは京香が人質となったことに関係しているのかどうか。


 それにしてもフリーライターの話の正誤を確かめるには情報が全く足りない。

 学校に復帰してもう三日目だが、積極的に話に加わろうだとかそういうことはしないで過ごしてきたので今生徒間ではどんなことが囁かれているのか見当もつかない。

 それに、数少ない友人がさらに少なくなり桃香だけになってしまった。その桃香も今日久しぶりに学校に来たという有様である。

だから、行動・・に移す前にまずは情報収集をしなくては。

 それから決めよう。いろんなことを。



 地区はずれにある汚いアパートの一室が私の家だった。

 十数年住んではいるが全然愛着を持てない我が家である。

ツタが好き勝手に外壁を侵略し、なんという名前のアパートなのかさっぱり読めない。

 おまけにここの住人はスルースキルが素晴らしく、幼少時の私と京香が寒空に放り出されて泣きわめいていてもみんな一切気にしなかった。揃いも揃って耳悪いのだろうか。

 一度誰かが通報したらしいけど――両親はしらばっくれて警察を追い返してしまった。そのあと私たちは何故か丸一晩正座させられた。

 ああ、いやだ。

 こんなこと思い出したくもないのに。


「……」


 玄関を開けて入ると、オトウサンが暗い廊下で転がっていた。

 床に散らばる缶ビール。また昼間から酒を飲んでいたのか。

 一日中酒を飲んでていてよく飽きないものだと変なところで感心する。

 ため息をついてゴミ袋をキッチンまで取りに行く。

 掃除をしなければ殴られるし、しなくても殴られるだろう。どうせならきれいな床に倒れたほうがまだマシだ。

 ゴミ袋を広げ、缶を拾い上げていく。

 カラカラと軽い音をあげながら袋の底に溜まっていった。


 ふいにオトウサンが動く。

 私は思わず手を止めて少しだけ距離を置いた。目覚めの一発を食らいかねない。


「あ…? なんだ、てめえかよ」


「おは、おはようございます」


 うつむき気味に挨拶をする。

 怖くて、顔を正面から見れない。


 オトウサンは起き上がりながら私を見、下品な笑みを浮かべた。

 まだ酔っぱらっているらしく動きがおぼつかない。

 アルコール臭がひどくて鼻を覆いたくなるが我慢する。


「惜しいなァ、てめえも死んでればもっと金もらえてたのに」


 ――は?

 何を言ったんだ、こいつは。

 私も?

 もっと金がもらえていた?


「ど、どういうことですか?」


「あー? 親に質問なんていい度胸じゃねえか!」


 右ほおを拳で殴られた。

 勢いに耐え切れずそのまま床に倒れた。やっぱり掃除しといて良かった。

 そのまま腹をつま先で蹴り上げられる。たまらず転がり身体を丸めた。

 吐きそうだが、何とかこらえる。よし、飲み込めた。

 理不尽な理由で殴られるなんて日常茶飯事だ。

 『痛み』は分かるのだが、『痛さ』は感じない。それが私の救いでもあった。


「邪魔だからさっさと死んでほしいぐらいだが、オレは生かしてやってんだぞ? ちゃんとそこらへん感謝しろよ」


 よく言う。殺す勇気がないくせに。

 駄賃というように頭を蹴っ飛ばされてオトウサンは自室に戻っていった。もう少し眠るのかもしれない。


 私は壁に寄りかかりながらなんとか立ち上がる。

 手を差し伸べてくれた京香がいない。心配してくれる京香の声がしない。

 静かな家の中、ぽつりとただ立ち尽くしていた。

 いつでも一緒で、何かあった時は真っ先に心配してくれた優しい片割れは、もう。


「京香……」


 壁をたどりながらズリズリと歩く。


「会いたいよ…」


 あなたがいない世界で私はとても生きていけない。

 なら、どうせ死ぬなら、こんな世界なんか壊してしまおう。

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