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一日目・俺と缶詰と箸 ■

 すでに辺りは暗かった。

 早めに探索を切り上げて寝床を確保すべきだったと後悔するが、後悔したところで時は戻らない。


「ここにするか」


 大樹の下に荷物を下ろす。

 明日香用のバックも欲しいものだ。重いと動きにくい。

 それになにも俺が持ってやる義理などない。


 ライターで集めた枝に火をつけ焚き火をする。

 細い枝から太い枝へ。

 火に照らされた明日香の顔は心なしか楽しそうだった。


「私、小学生のころにキャンプファイアーしたことあるんですよ」


 高揚した声音で彼女が呟く。

 二つの蓋を開けた缶詰を焚き火の近くへ寄せながら相づちをうつ。


「ふぅん。学校行事でか?」


「はい。――楽しかったなぁ」


 感情のこもらない瞳でじっと火を見つめる。というかこいつに感情があるのか疑問である。

 火の向こうに何が見えているのだろう。

 いつかのしあわせな幻がみえているのか。


 残念なことに俺は一日そこらで人の気持ちを完全に理解できる超人ではない。

 そしてまた、彼女も一日そこらで理解できるような事情を持っていないだろう。

 無理して詮索する必要もあるまい。

 しつこく聞いて激昂され、刺されるビジョンが浮かぶし。なんという間抜けな最期すぎる。


「あ、お前の分の箸ねぇ」


 そもそも想定していなかった。


「作りますよ」


 さらりと答えて近くにあった小枝をナイフで削り始めた。

 言ったわりには手つきはぎこちない。

 …手元が狂わないか見ているこっちがヒヤヒヤしているんだが。


「なんだ。お前、ナイフあんまり得意じゃないのか」


「人を刺す以外は特に使ったこともないですしね。今の教育はナイフ一つで大騒ぎですから」


 すごい自然に言ったために聞き逃しかけた。

 なんというか、さすがというか。

 今までの歴史でもとち狂った名言…迷言を残した殺人鬼はいるが。それに近いかもしれない。

 やっぱり脳回路が他と違うんだろう。


 缶詰の中身が暖まってきた頃、荒削りながら箸が出来た。

 明日香はちょっとだけ自慢げに作品はしを見せつけてきた。


「うん、箸だ」


「えへ」


 棒読みの笑いを一言だけ発した。目はおろか口角すら上がっていない。

 …本当、魂抜かれたみたいようなやつだよな。なんかやることはやったしどうでもいい、みたいな。


 濃い味付けの缶詰にちょっと失敗したかなぁと思いつつ食べる。

 あ、そうだ。


「これから就寝なわけだが」


「はぁ。どうでもいいですが就寝ってイベント時の特別な時ぐらいしか使われないからわくわくしますよね」


 缶詰の中身(焼き鳥)を口に運びながら明日香はうなずく。

 たしかにどうでもいい。


「二人いっぺんに寝たら、明日の朝死亡している可能性が高い」


 わりと真面目に。

 夜襲とか侮れない。


「ふむ。死亡の可能性は何パーですか」


「80パーだ。適当だけど」


「なるほど、高いですね。適当だけど」


「だろ。で、あとは分かるな?」


「……話をはしょりすぎですよおじさん。つまるところ、交代で寝るってことですよね?」


 合格。

 ちゃんと言わなくても分かってるじゃないか。

 頭の回転はいいらしい。


「お前目覚めはいいほうか?」


「どちらとも言えませんね。一度起きたら寝付けませんが」


「じゃあ…見張りは後半な。前半は寝てていいから」


「了解です」


 さっそく寝るつもりらしくごそごそと大樹の裏にまわった。

 そして声だけで注意をしてくる。


「よくじょーして手を出さないでくださいね?」


「また首絞めんぞ」


「それはやだなぁ。おやすみなさい」


 軽口を叩いて、しばらく小さな音がしたあとぱったりと動きの気配が止まった。

 微かに寝息が聞こえる。寝るの早いな。


 焚き火に枝を足しながら持参していた腕時計を見る。

 午後11時過ぎ。

 まだまだ夜は長そうだ。





【一日目終了】

【残り 89】




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