五日目・それは誰の名前なのか
僕と前原さんは立ち尽くしていた。
背中にしょっているリュックの重みがひしひしと背骨と腰にダメージ与えているけど、動けなかった。
ところでこれ降ろしていいかな。
「なんだ、こりゃあ…」
呆然とした口調で前原さんは呟く。
僕に至っては声すら出ない。
ブルータス(だっけ)は僕らの行動の意味がよくわからないらしく、ただひたすらに前原さんの背中に負ぶわれている明日香ちゃんを起こそうとしていた。
「無人島じゃ、なかったんですか? ここ」
「俺はそう聞いていた。だけど…『何にもない』とは聞いてなかったなそういえば」
なだらかな小山を登った先、目の前にはコンクリート製と思われる建物が建っていた。
元は白かったのだろうが、長い間雨風に晒されて茶色く汚らしい色合いとなっている。
大きさの割に少なく感じる窓は、ガラスはすべて割れてぽっかりと大きな穴を開いているのみ。
学校の二階建てという感じ。横に広い。
「こんなところでいったい何をしていたんでしょうね」
「イイコトじゃないのは確かだ」
「…例えば?」
「人体実験とか」
低い声で言った後にベルトに差し込んでいた拳銃を取り出す。
暴発とか誤射しないのか心配だ。
「ちょっと中見てくるから。明日香を頼む」
「危なくないですか」
「危ないから俺一人で行くんだよ」
遠まわしに戦力外通告された気がする。妥当な判断過ぎて何にも言えない。
明日香ちゃんをそっとおろし、前原さんは簡単な指示を僕に与えた。
いわく、しばらく待っても戻ってこないのであれば撤退しろと。
…できればそんなこと起こってほしくない。明日香ちゃんとリュックの重みで僕は動けるのだろうか。いや彼女が重いとかそういう訳ではなく。
前原さんは近くにある窓のそばまで寄る。
壁に背を付けて、中を覗き見た後に淵に手をやりひらりと侵入した。
すげぇ。特殊部隊の名は伊達じゃない。
ところで僕は一切知識ないのだが、あれって平均年齢何歳ぐらいなんだろう。
若すぎても年取りすぎてもいけない気がする。
前原さんは三十代っぽいけど。
さて。僕は僕でぼんやりしている場合ではないな。
明日香ちゃんを横たえさせて楽な体勢を取らせ、あたりを警戒する。
ブルータスも耳をぴくぴくさせているので彼なりに警戒してるのか。そういえば性別どっちだろ。
「うお」
建物の中から一発銃声が聞こえた。前原さんだろうか。だといいな。
音はそれっきりで、再び静寂があたりを包み込む。
今のは何だったのだろう。
まさか誰かいて、一発で勝負か決まってしまったとか。
焦りとじれったさの中で明日香ちゃんがもぞりと動いた。
この音で目を覚ましてしまったのか。物騒な目覚まし時計である。
「なに…?」
「えっと、まだ起きなくていいよ。なんかあったら起こすから」
定まらない焦点で僕を見つめた後にゆるりと首を動かした。
寝ぼけているらしい。
熱もあるから意識がぼんやりとしているのもあるかな。
「ん…分かった…」
再び瞼を閉じながら決まり文句のように、彼女は言った。
「おやすみなさい、明日香」