五日目・往生際に願い事を
何故、人質を盾にとってそれだけで安心するのだろうか。
確かに心臓および脳といった生命に重要な器官は守れるが、それだけだ。
別に、一発目から殺さなくていいのだから。
一応岡崎に警告してから、狙いを定めて男の肩を撃つ。
「が…!?」
ぱぁっと血が散り、男が目を見開いた。
うーん…少し鈍ったな。もう少し下に狙いをつけたつもりだったんだが。
早川の次に射撃の成績良かったのに。やっぱりこういうのは練習しないとどんどん錆びていくものなんだな。
腕の力が緩んだすきに岡崎が拘束から抜け出て距離を取る。
これでもう俺たちの頭を悩ますものはなくなった。
「お前は……なんなんだ? 一般人じゃないだろ」
肩を押さえ、もはや観念したようにうずくまる男がそんなことを言ってきた。
血の勢いから見て太い血管を傷つけることはできたようだ。
しかし、なんだ。もしや時間稼ぎか?
ゆっくりあたりを見回してみるが誰か潜んでいるような気配はない。もしいたらブルータスが反応するだろうしな。
「まあ、そうだな。サラリーマンじゃない」
幸い弾はまだ入っている。
確かめてから再度男と目を合わせる。
「自衛隊の特殊部隊…と言えば分かるか?」
「えっ!?」
驚きの声を上げたのは岡崎だった。
明日香はぽかんとしている。
ブルータスは…いやまてこいつそもそも犬だから。
「……そんなのに勝てるわけもなかったな。運が悪すぎた」
「しかも、ほとんどまぐれと運だし」
ブルータスの功績は結構大きい。
「……まったく……嫌になる」
恨みがましげに男が毒ついた。運で負けたなんてそりゃ嫌だろうな。
さあ、話をそろそろ終わらせなくては。
この騒ぎを聞きつけたやつに襲われないとも限らない。今はかなり体力を消耗しているからよくない。
「最後にいいですか」
横から明日香が口出ししてきた。
口調がすっかり元通りだ。
「あなたの名前は? そして、ここに来た理由は?」
「……」
「まずはこちらから名乗りましょうか。私の名前は明日香です。人を殺してここに来ました」
湿り気をおびた風が頬をなぜる。
雨が降るだろう。雨風しのげる場所があればいいのだが。
「…大宮、和泉。理由は伏せる。お前たちに教えるほど、お人よしじゃない」
「そうですか。分かりました」
あっさり引き下がると明日香は俺に向かって頷いた。
この儀式のような問いはいったいなんなのだろう。聞いたところで教えてくれるとは思えないけども。
先ほどの奴らがやっていたと同じように相手の頭に銃口を向ける。
あとは引き金を引くだけ。
「ひとついいか」
「んだよ。往生際が悪いな」
「悪くて結構。このゲーム、本当に生存者がいる状態で終わると思うか」
「それな。ぶっちゃけいないだろう」
ぶっちゃけすぎですと岡崎が呟いた。
約束が果たされるのかも怪しいところなのだが、正直終わってみないと分からない。
それでも俺は参加した。
明日香に話したように、半分は賞金目当てで。そして半分は、死ぬため。
矛盾しているのは重々承知の上である。
「――ここは」
明日香が言う。
「ここは人殺したちの終わりの場所になりますよ」
言葉の割にはわずかに微笑んでいた。
諦めと、何かの期待が混じったような、複雑な笑み。
はぁ、と男――大宮はため息をついてそれから目を閉じた。
付き合いきれないといわんばかりだ。自分から聞いたくせに。
「願わくばお前たちとその犬が苦しんで死にますように」
「余計なお世話だ」
恨み言とも取れるその言葉に返答してやってから俺は撃った。
今度はズレずに頭に当たった。
俺はちゃんと死んだかどうか確認してから二人と一匹を振り返る。
どいつもこいつもボロボロだった。
「じゃ、移動すんぞ」
「はい」
「分かりました」