五日目・拭いきれない過去
「ぎいぁあああああああ!!」
私が刺した男はこの世のものとは思えない絶叫をあげて転げ回った。
ナイフを見るとべっとりと血が付いていてそれがとてつもなく汚いものに思えた。
今すぐ手放したかったけどまだあと二人残っている。
まだあと二人殺さないといけない。
いやそれよりもまずこいつを黙らせないといけない。
うるさいから。
うるさい。うるさいうるさいうるさい。
その言葉が呼び水として頭の奥からずるりと声が引っ張り出されてきた。
黙れ。
黙りなさい。
静かにしなさい。
警察が来たらお前らを殺す。警察が来る前にお前らを殺す。
片割れが死んでもいいのか?
なら、黙ってろ。
「っ…く…」
吐き気がこみ上げる。
何人もの母親のカレシやオトウサンの声が頭の中で反響する。
全身のあちこちがうずき始める。
頭がくらくらとして、今にも倒れてしまいそうだった。
「うるさいんだよッ!!」
ちょうど男があおむけに転がるタイミングを狙いのどに思いっきりナイフを突きさした。
ぱくぱくと酸欠の魚みたいに男は口を動かした後に、絶命した。
よかった。
くらくらとした感じは消えた。
やっと、静かになった。
そうそう、騒がしいのは嫌いなんだよねえ、私。
ほっと息をついたのもつかの間。
「おとなしくしろ。そうしなければこいつを殺す」
お兄さんののど元にナイフを押し付けた人が低い声で言った。
たったいま仲間が死んだというのに、かなり落ち着いていた。
反対にお兄さんは顔が真っ青だった。
大丈夫かな…。泡吹きそうな勢いなんだけど。
「聞いてなかったの? さっき、その人たちを殺せば私は」
「知っている」
「……」
ふむ。ちょっと厄介な人かもしれない。
おじさんをみればいつ自分を狙っている人を襲うかタイミングをうかがっているようだった。
今は頼らないほうがいいだろう。
「つまり、私はあきらめたと」
「そうともいう。手に入れば手に入れる。入れられないならあきらめる。女一匹で犠牲が四人など損しかない」
潔く手を引かれたということか。まあ、仕方がないか。
自分に回ってくる順番が早くなったからよかったじゃない、なんて言おうとしたけど仲間意識が強い人だったらまずいことになる。
どうしようか。
めんどくさいなあ。
「駆け引きだ」
「駆け引き」
「お前がおとなしくしていればこいつらは殺さないでやる。抵抗したら――」
お兄さんにぴたりと当てたナイフをわずかに引いた。
切れ味がいいのかごく微量とはいえお兄さんの肌に赤い液体が流れる。
当の本人はよく分かっていないみたいだけど。
「あとは、分かるだろ?」
脅しか。
私たち三人はべたべたしないまでも仲がいいことは察しているのだろう。
人質をとって言うことを聞かせる。
古今東西どんな時でもつかわれてきた、単純で確実な方法。
私は長く息を吐いてから言った。
「じゃあ、殺すなら殺せばいいじゃない」