五日目・双子の姉、双子の弟
先ほどからお兄さんの視線を凄く感じる。
なんというか、気まずそうな。
申し訳ないと思うが、終わってしまったことは終わってしまったことだ。
潔く切り替えていくしかない。とか思ってみたり。
他人事にもほどがある。
昔あの人が「君たちは常識がズレまくりだ」と嘆いていたのはこういうことだったのか。
私にとってキスは『特別なもの』ではない。
色々、あったから。
そのせいで「好きな子と愛情表現として行う」というキスの認識にいまいちピンとこなかったわけで。
「あー、そういやなんで岡崎はここに来たんだ?」
おじさんがこの空気に耐えきれなくなったのかお兄さんに会話を振った。
「僕ですか?」
「岡崎っつたらお前しかいないだろ。なんか引っかかることが多いんだよ」
そう言われればそうだ。
この島に来た人は少なからず「殺す」ことをしなければいけない。
なのにお兄さんはそれを少しだけ拒否しているようなのだ。
お兄さんは頬をかいて困ったように笑う。
「来たくて来たわけじゃないんですよ。僕は」
「は?」
「美空――兄に無理やり拉致られてここに来てしまったわけです」
さすがの私もあんぐりと口をあげた。
どっからどう考えても控えめに見ても犯罪行為である。
おじさんの声が心なしか震えている。
「ま、マジで?」
「マジです」
「説明会とかはどうしたんだ? あれ絶対参加だし、写真照合とかあるぞ?」
説明会とかあったんだ。
死刑囚たちは本当に軽くゲーム説明しかされなかった。
あとは武器の選択と、持って行きたいものを言ったりして。私はハブラシと櫛を選んだ。
ああ、とお兄さんは少し考えてから言った。
「僕と兄は一卵性双生児なんです。周りもびっくりするぐらい似てまして」
「ふむ」
「だからわりと簡単に成り済ませたんじゃないかと」
「……それでもまだ無理はあるだろう」
「本当に似ている双子は似てますよ、おじさん。私と妹がそうでした」
そう。
声が私のほうがちょっと低いぐらいで、あとはそっくりだった。
お兄さんとその兄弟もほくろの位置とか気をつければ簡単に成りきれるだろう。
もっとも、入れ替わりに気付けなかった職員もどうかと思うが。
だから、私が、「明日香」が本当は「京香」であることだって有りうるのだ。
「京香」が死んだから、いや消えてしまったから私が「明日香」をしているということもあるわけで。
――なんて。
もはや私がどちらかなのかすら私も解りっこない。
「それで、僕を連れていくために美空は睡眠薬を知らずに盛りやがってそれからどうしたのかは知りませんが僕はゲームに参加することになっていました」
「犯罪かよ!」「犯罪じゃないですか!」
二人で同時にツッコんだ。
完璧に犯罪だ。そこまでして参加させたかったのか。
ブルータスが退屈そうに私をつつくがそれどころじゃない。
「じゃあ岡崎、お前ある意味兄貴に殺されたってことじゃないねえか」
「ええ、そうなりますね。でも目覚めたのはすでにスタートした後でしたし、今更」
「まあ、今更だが…」
お兄さんは苦笑いしてる場合なのだろうか。もう諦めるしかないとしても。
どうなのだろう、実の兄弟にこんなところに送り込まれるというのは。
私と京香に置き換えてみたがまずそんなことしないしな。
「猟銃を持たせてくれたのは助かりましたけど」
「まあな…岡崎はなんとも思ってないのか? 兄貴のこと」
「思わないはずがありませんよ。だけど、どうしようもありません」
やっぱ、そうなのか。
まあこんな状況で「許します」なんて言えるのはよほど頭のオカシイ人だろう。
「でも、仮にクリアできたなら――僕は自由を求めようと思います」
「それは、どんな?」
私の問いかけにお兄さんはより一層にっこり笑った。
その眼の奥でめらりとくすぶるものが見えた。
「一度だけ殺人をしてもいい自由を」
「……」
「僕はあいつにたくさん奪われたから、命のひとつふたつじゃ足りないんだけどね」
そのくすぶるものは、復讐。
私が慣れ親しんだ感情。
一か月以上抱え込んだ心。
ふと思い出す。
復讐は何も生まないと、事情も知らない大人に説教されたことがある。
きみのしたことは無意味だと。
私はそれに対して簡潔に言い返した。
知るか。