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一日目・私と腕時計 ○

「…まったく」


 トイレならトイレと素直に言えばいいものを。

 一体何があったのかと思わず身構えてしまったではないか祟るぞおじさん。


 おじさんが去った方向に背を向けて、ぼんやりと手首に巻かれた腕時計を見る。

 私の私物ではない。そして腕時計とは言ったが、時計の役割は果たしていない。


 残り人数をカウントするためだけのもの。


 内蔵されている何とかパーツとかが人の脈やら体温やらを計り、一定の数字を下回ったら『死亡』とされるらしい。

 その瞬間、他の腕時計へ情報が送られるそうだ。

 すなわち、人数の減少を。

 なんというかテクノロジーの無駄遣いである。もう少し工夫して一人暮らしのお年寄りにつければかなり役に立ちそうな気もしないでもない。


 ちなみに生きていてもうっかり外したままにしてしまったりして『死亡認定』を食らうと失格となる。

 生き残っても意味がなくなるのだ。

 なんでこんなルールが作られたかは知らない。

 死んでた人間が実は生きていただなんて面白くないから、そんな単純な理由であるような気もする。


 こんなゲームを考案した時点で企画者の頭は狂っている。

 狂人を理解するほど私はそこまで壊れていない、はず。…どうだろう。


「すでに五人か…朝始まって今が昼だとして、まあまあなスピードなのかな」


 危うく私もカウントに追加(減少?)されかかったが。

 デザインがそれなりにかっこいいのでまじまじと見る。そして。



 ガサッと草をわける音が私の鼓膜を叩いた。



 近い。いや――近すぎる。

 何故気づかなかったのかはまあ、この腕時計に集中していたからで。

 ゆっくりと音のした方向に顔を向ける。


「……こんにちは」


「……」


 現れたのは四十代後半ほどの男性。

 手にはライフル銃を下げている。


「私の名前は明日香です。あなたは?」


「…何故名乗らなければならん」


「そんなこと言わずに。ここで会えたのも何かの縁――ですからね」


「……新ヶにいがさき照彦てるひこ


「じゃああだ名はテルですね」なんて言えるはずがない。下手に挑発して撃たれるような馬鹿ではない。

 聞いておきながら、私は会話のタネを考えていなかったために無言になった。


「女で、子供か」


 新ヶ崎さんがぼそりと言った。

 女性の参加自体少ないわけだから珍しいのかもしれない。


「情がわきました?」


「何を期待してるか分からんが、こんなものに参加している時点で情がわくわけない」


「まあ、そうですよね」


 そりゃあね。

 ゲームの最大の目的は殺し合いだから。

 油断したら死ぬんだから。


 新ヶ崎さんはごく自然な流れで私にライフルを向けた。

 

「最後にお聞きしたいんですが」


 私が何事もないように話しはじめたのであからさまに怪訝な顔をされる。

 策でもあるんじゃないかと思われてそうだ。

 実際ないけど。策なんて。


 あ、いや、あるか。


「あなたはどうしてこのゲームに?」


「…言う必要あるのか、それ」


「いやぁ、一般参加者の人の動機が気になりまして」


「…関係ないだろ。冥土の土産にでもするつもりか」


 しないけど。


「それもそうですね――じゃあ、大人しく死んでください」


「は?」


 新ヶ崎さんの頭の後ろからぬっと手が出された。

 その両手は彼の首を掴み――


 べきりと、一思いに折った。


 ぐぇ、と小さく呻いて新ヶ崎さんは倒れた。


「お、おお…」


 容赦のなさと握力というか腕力の強さに思わず声が出る。

 垂直に曲がってるじゃないか。内部どうなってんだ。


「長いトイレ、でしたね」


 その後ろにたっていたのはおじさんだった。

 無表情のまま足下に転がる新ヶ崎さんを跨いだ。


「まあな――おとりご苦労さん」


「どうも」


 やっぱ嵌めやがったかとか思ったがまあ助けられたのでトントンだろう。

 後ろから密かに近寄っているのが分かっていたので、わざと会話をして注意をそらしていた。

 私が何をするかに神経集中させていたので、どちらにしろ気づかなかったのかもしれない。ちょうど私が腕時計を見ていたように。

 それと、なんというかおじさんの動きが素人目から見ても一切無駄がなかったのだが、なにか前にやっていたりしていたのだろうか。


 考察している間におじさんは新ヶ崎さんの荷物を漁り始めた。


「ライフルはどうするんですか?」


「置いてく。長距離より接近戦が得意だから」


「はぁ」


 予備の弾とライフルを埋めた。後々ここを通る人に使われたらたまったもんじゃないからか。

 食料は全て持って行くようだ。


「――ん」


「どうしました?」


 返事はなく、ただ一枚の写真を私に手渡した。


「……」


 きれいな女の人と、ベッドで点滴に繋がれながらも笑顔の子供。


「治療費のため、か」


 おじさんは静かに言う。


「子供が難病だったんだろう。だから大金を手にするためにこれに参加したと、そういうのかもしれない」


「へぇ……」


 虚ろな気持ちで私は頷いた。


 子供のためであっても、結局この人は死んだ。

 置いていかれたこの女の人と子供はこれからどうするのか。

 自分勝手な、愚かな幕引きだ。


「どうした明日香」


 いつの間にかおじさんは要るものを詰め終えていたらしい。

 新ヶ崎さんは首はまがったままではあるが瞼はとじられ手は組まされていた。


「いいえ」


 私は写真を組まれた手の下に挟み込んだ。


「いきますか」


「だな」



 私にはもう、死者を哀れむ心はなかった。


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