一日目・俺と明日香 ■
この島の土地は森が大部分を占めているそうだ。
人為的に植えたのか、自然とそうなったのかは不明。知ったところでどうにもならない。
手入れなどされていないので雑草は荒れ放題、木は気ままに伸びていた。
足に絡み付いて歩きづらいが、進めないというほどではない。
ただ――足元が良く見えないということは、欠点か。
「明日香」
俺はつい数時間前に気まぐれで拾った(というのだろうか)少女を呼び止めた。
「どうしました?おじさん」
文句をいわず、素直に明日香は立ち止まりこちらを向く。
だから、まだおじさんじゃないのだが。
こちらの呼びかけを無視せず素直に従っただけでも及第点か。
「足元に注意しろ。なにか、蔦とかロープとか張ってないか?」
「えっと……」
きょろきょろと足元を見渡しはじめる。こいつ、本当になにも考えず歩いていたのか。
かなりの人数を殺した猟奇殺人犯だと聞いていたが、こういう方面には酷く疎いようだ。
というより女子高生がこんなトラップをいちいち仕掛けているイメージが湧かない。
まあ、そういうことが始めに分かっていればこちらも対処がしやすいものだ。
一番悪いのが知ったかぶりだ。それが思わぬ被害を招く。
「ほら、その間隔の狭い木と木の間とか」
「あ、ありますね」
「やっぱりな。跨ぐなよ、跨いだ先に落とし穴がある可能性がある」
「ちなみにこれを引っ張ると?」
「上見ろ。大量に石が落ちてくるようになってるだろ」
自分の指した指に釣られるようにして少女は上を仰ぐ。
仕掛けた主がどこで拾ったのかはわからないが緑色のタープがぶら下がっていた。
タープの表面のでこぼこ具合からして石が詰まっていることが分かる。
高さも石の大きさも大したものではないだろう。
だが――罠はこれだけじゃないはずだ。どこか近くにだめ押しのように違う罠があるだろう。
これが不意打ちの罠だとするなら、今度は確実に対象を殺すための。
ずいぶんと細かい作りなことで。
わずか数時間でここまで出来るものかと思わず感心した。
「よほど手慣れた人間の仕業だな…」
ここらへんはトラップ主の本拠地になるのかもしれない。
なら、早く離れたほうが得策だ。
消耗戦は得意じゃない。
「行くぞ。こっちは大丈夫そうだ」
「はい」
……。
「どうしたんですか、急に立ち止まって」
「…嫌に素直だなぁと思ってな…めんどくさいとか言うかと」
なんかこう、一般の世の女子高生はもっとわがままなイメージがあるから。
「それは偏見ですよ。みんながみんな、そういうわけじゃないですし」
それに、と明日香は言う。
「私、しばらく前までは刑務所にいたので。かなり厳格だったのでそれを引きずっているものと」
「ああ」
よくワイドショーで刑務所特集があるが、それで見た通り礼儀などに厳しいのか。
当然、やらせも中には含まれているだろうが。
そもそも、死刑囚だから俺が見た万引きで捕まったおばさんのケースとは違うだろう。
「ちょっと待て。刑務所?」
高校の事件なら当時高校生だったはずで。少年院に入るもんだとばかり思っていたが。
一どうでもいいが俺は少年院と刑務所に言ったことがないのが自慢だ。
明日香は首を横にふった。
「私、ほら、凶悪犯罪の犯人ですからね。特例です」
「あ。そうか」
特例ってなんだかわくわくした響きを持つがこの場合の特例はあまり良くないな。
刑務所行き。
まあ、自業自得である。
「ん。…あのさ」
突然俺が神妙な表情になったからか彼女の顔に緊張か走る。
何も言わずに言葉を待つ健気さよ。
「俺さ……トイレしてきていいか?」
「……」
明日香の右手が上着のポケットを探り出したので俺は慌てて彼女から離れた。
――さて。
後ろを振り向いてギリギリ彼女が見えるか見えないかまで来たことを確認する。
こちらには背を向けているのは、恥じらいというものがあるからだろう。
人間らしくてなかなかよろしい。今までは機械的だったからな。
悪いな明日香。
お前、もしかしたら今から死ぬかもしれない。