四日目・彼と逃走劇の始まり
朝から肉を焼くなんて景気のいいことで。
なんとなくノリで景気がいいと言ってみたけど、使い方違うだろこれ多分。
そんなことはどうでもいいとして、袖で異臭をブロックしながら私は臭いの漂ってくる方向を窺う。
昨日の人が移動してきたのだろうか。それとも別の人か。
どちらにしろ人間を焼く誰かがいるのは確定だ。
「…場所を移しましょう」
気分が悪くなってくる。おじさんに至っては吐く寸前だったし。
寝起きにこれはきついだろう。
それに私は悪い夢を見てしまったしーーテンションがこれ以上下がるのは避けたい。
ふと気がつくと脇腹に手をやっていた。慌てて離す。癖だ。おじさんに興味を持たれたらはぐらかすのが面倒だからやめないと。
「だな。いつ俺らも燃やされるか分かったもんじゃねぇし」
私の心情はしらず、おじさんはさらりと恐ろしいことを言った。
生きたまま焼かれるとか冗談じゃない。私でもしなかったというのに。
食べられるのも嫌だ、とは思うが死んでからならいいかな。今更墓に入れるなんて思えないし。
…京香と同じお墓に入れないのは残念かな。
そんなわけで。
私たちは臭いから逃れるために歩いていた。
服に染み付いていないだろうか。鼻が慣れで麻痺しているだけでもしかしたら臭いついてるかも。
「髮って意外と臭いつくよな」
「やめてください」
なんでこのタイミングでそんなことを。嫌がらせか。
気になって前髪に触れる。む、伸びてるなぁ。切るか。
「お前髪短いよな」
「これでも腰ぐらいまであったんですよ」
「マジで? 想像つかねぇ」
私もだ。まさかショートになるとは思わなかった。
だが、いわゆる三華宮高校事件の時はこれ以上に短かった。男の子みたいな感じになっていたと思う。
人を殺すのに邪魔で邪魔で。
「うわ、ちくしょ」
突然おじさんが悪態をついた。
私が彼の方をみると大げさに肩をすくめた。
「つけられていたっぽいな」
「えっ」
「まさか追いかけてくるとは思わなかったから油断していた。ーー出て来いよ」
少し離れたところから素直なにひょっこりと人影が出てきた。
初老の男性だ。
近づいてくるにつれて、両手に持つものがなんなのかわかってきた。
片手には鉈。
もう片手にはーーー黒焦げた腕。
「いひ、いひひ。あの距離で気づくなんてなぁ」
初老の男性は私たちを見てにぃと笑った。
不気味な笑いだ。
なんか目がイっちゃってるし。
「なぁんだぁ……うまそうなのが来たじゃぁないか……」
そっちから来たんだろというツッコミはやめておく。それどころじゃない。
鉈。ナイフより強い。
素手で立ち向かえるものでもないし、長い棒は落ちていなかった。こういうときあるべきだろ。
仕方が無い。
私とおじさんは顔を見合わせ、頷いた。ブルータスもこちらの動きを見て悟ったようだ。
「はは」
「うふふ」
互いに乾いた笑いをあげる。意味はない。
笑いには身体を健康にさせる効果があります。
高校生の頃読んだ英語のテキストにそんな文があったのを思い出した。
なら、 心も健康にできるのだろうか。
無理だろうな。見えにくいものは対処しにくい。
息を合わせてはいなかったのだが、ほぼ同時にくるりと男性に背を向ける。
それから逃げた。
「逃げるが勝ち!」
「ですよね!」