四日目・彼女と波乱の目覚め
「ったく…」
明日香の静かな寝息が聞こえてきて、なんとなく俺もぐったりとした気分になる。
ブルータスは先ほどまで不安げにうろちょろと彼女の周りを歩いていたのだが、どうやらそばで寝始めたようだ。
犬にまで心配されてどうするんだ。
「キョウカ、だったよな」
一人で小さく呟いて確認する。
キョウカ。
姉だか妹がいるとかいっていたから、それの名前なのかもしれない。
『熱い』だとか『やめて』だとかを何度も何度も叫ぶ中で、キョウカという名前も頻繁に出していた。
全く夢の内容が分からないのだが、いい夢じゃないことだけは確かだ。
もしかしたら過去のことを思い出しているのかもしれない。
背中にタバコの火傷があるのはどう考えても異質だ。アクセサリ感覚でやる馬鹿はさすがにいないだろう。いたらどうしよう。
「タバコを押し付けたのは親……なんだろうな、やっぱり」
話を聞いてきて、どうも明日香の両親は虐待を行ってきたらしい。
まあ猫の頭を潰す時点でおおよそまともな一家じゃないのは予想できるが。動物愛護団体も真っ青なレベルである。
…そう思うと、あの無表情も、壁を感じさせる物言いも、そんな環境下だった結果なのだろうか。
「だからどうした」
だからどうした。
俺は彼女に同情したのか?
首を絞めたことを後悔してるのか?
勝ちを譲ろうとしてるのか?
違う。安心しているのだ。
自分よりもっと不幸な人間がいることに、安心しているのだ。
自分の過去が彼女より幾分マシなことを確認して喜んでいるのだ。
うわ。改めて考えるとすっげぇ最低だな。
ここで開き直させてもらうと、比較したことがない人間なぞいないのだ。
人間は比較して生きている。そうしないと精神は安定しない。悲しいことに。
「クズだな…」
俺がなのか人間がなのかは言った自分ですら分からなかった。
いつの間にか寝ていたらしい。
目を開けると明日香が俺の近くに立ちじっと木と木の間を見ていた。
今日はちゃんと見張りしていた。成長だ。
「…なにしてんだ、明日香」
こちらを振り返らず、彼女は森の奥を指差した。
「近くで人を燃やす臭いが」
その臭いを嗅覚が突然認識したせいで、俺は目覚め一番に嘔吐するところだった。
サブタイがセンスないのは、仕様です。多分。