間章・会話とロールケーキ
「かおり、お前まーた良からぬことを企んでるな」
彼は呆れたようにため息をついた。
テーブルの上にはデパ地下のロールケーキ。
久々に帰省したわたしへわざわざ買ってきてくれたそうだ。
「…分かった?」
六歳上の幼なじみは本当になんでもお見通しだった。
しかし年が離れていても幼なじみと言えるのだろうか。疑問である。
久々に帰った私の実家。
今日はお父さんもお母さんもいないために二人きりだ。
お兄ちゃんは仕事人間だからもうずっと帰ってこない。
たまにお節介なメールは来るが。
「普通に分かる。あんまり無理すんなよ」
「してない――というか、しなきゃいけない気がする」
「はぁ?」
「ねぇ、三華宮高校の事件知ってる?」
突然何をと怪訝な顔をしたが、考える素振りを見せる。
しばらくして思い出したようだ。
「ああ、あの一年半あたりぐらい前の事件か」
「うん。2010年6月10日に起きた少年犯罪史上最悪の事件」
「細かいな……」
そりゃそうだ。
わたしがあまりにもショックを受けた事件だったのだから。
とは言っても事件本体にではない。その裏にだ。
いくら近くで起きようと、遠くで起きようと自分に関わらない限りは他人事だ。
あれが三華宮高校殺傷事件と呼ぶのなら、その二ヶ月前の事件は三華宮高校占領事件と呼ぶべきだろう。
もっとも。
占領事件は半分ほどが隠蔽されているのだが。
重軽傷者は三十七名。
死亡者は教師・生徒三名。犯人は二十五人全て。
そこにプラス十名がいたことはいっさい公表されていない。
「…かおるが言ってたぞ。お前が変なことをかぎ回ってるって」
「お兄ちゃんは相変わらずうるさいねぇ…」
「どうしようもないシスコンだよな。ほっときゃいいのに」
「まったくよ」
妹を心配するにしても、わたしはもう二十代中ごろなわけだし。
危ない危なくないはきちんとわきまえて生きているつもりだ。
そして、今回の事件は深みまで行こうとすることが危険だとちゃんと分かっているのだから。
どっかで今日もせっせと働くシスコン兄を思い出して吐息。
あいつもあいつで、公務員ってだけで家族にも詳しい内容は言わない。
怪しい仕事でもやってるんじゃないだろうか。
「それと…犯人の面会に行ってるんだって?」
「……それもお兄ちゃんから?」
「ああ」
あの野郎、要らんことばっか吹き込みやがって。きぇーっ。
「普通、面会って親族とか弁護士ぐらいだろ? へっぽこジャーナリストが入れるのかよ」
へっぽこ言うなや。
あとなぜあの子と同じことを言うのか。
みんな同じ疑問を抱えるのね。
「まだ判決が出てないからちょっと緩めなのよ。それに、まるきり他人なわけじゃないしね」
「お前やかおるに血縁関係が…?」
「一応ね。お兄ちゃんは知ってるかどうだかしらないけど」
皮肉なもので、事件が起きるまでわたしは知りもしなかった。
あの子は分かってない。というか分からないか。
今まで会ったこともないわけだし。
「ま、あんまり無理すんなよ。かおりはいつも危なっかしいから」
ロールケーキの包みを開けながらわたしはむくれてみせる。
「原ちゃんも――大丈夫じゃないでしょ」
「……大丈夫だよ、俺は」
その笑い方は、あの子とそっくりだった。
無気力で全てを諦めている笑み。
いつだって、わたしだけが蚊帳の外だ。