三日目・彼女と縫合
詳しい描写ははしょるが、軽い殺し合いとなった。
俺対、明日香とブルータス。
相手が二人の時点で異議を申し立てたい。
俺は『傷を見るからコートを脱げ』と言ったつもりだったのだが、
どうやら明日香は『全裸になれ』と勘違いしたらしい。
言っておくが、十代女性の全裸を突然見たくなるほど俺は変態じゃない。
あとプライドをかけると人間ってこんなに強くなるんだなって思いました。
どうして初日にこのぐらいの力を出さなかったのか謎である。
「……主語を使ってください、主語を」
指摘した肩の傷を押さえながら明日香は不機嫌に言った。
どうやら怪我をしたことを忘れていた、というよりあまり意識していなかったらしい。
「悪かったって」
「…あと、血は止まったみたいですし傷は浅いから大丈夫です」
「消毒とかあるだろ」
「舐めとけば治ります」
「どうやって舐めるんだよ」
もしかしたらギリギリ届くかもしれないが。
「傷口、閉じないといつでもどこでも血が出てくる蛇口状態になるぞ」
「……」
それはやだなぁという顔をした。
へたりこんでいる明日香の近くに屈み肩に添えられた手を外す。
「コート脱いで、肩の部分の服を少しずらしてくれないか」
「…だから、本当いいですって」
「最悪腐るぞ。そしたら置いてくから。全身に廻る痛みの中死んでいけよ」
明日香がため息をついた。
ゆっくりとコートをはがし、洋服を引っ張る。
傷が露になった。
…血で見にくいが、とりあえず浅そうだ。幸いなことに。
ただ、傷口が無視できない程度には大きい。
「傷を閉じさせるために麻酔無しで縫おうと思う」
「はぁ。針と糸は?」
「それはある。裁縫用だが」
「なんでですか?」
「サバイバルの基本だよ。服のほつれとか、そういう時用に」
ガーゼと消毒液を引っ張り出し、患部がどうなっているかもう一度確認する。
明日香は顔をしかめたが何も言わなかった。
それよりブルータスが恐い。俺を睨んでくる。
「あのさ、すごい痛いらしいんだ。麻酔なしって」
「そうですか」
「だから一旦落ちるか?」
「…つまり痛いだろうから先に気絶してやりすごせと?」
「そういうことだ」
「我慢しますから勘弁してください」
気絶したほうが楽な気もしないんだがな。
針と糸を取り出して、ライターで軽くあぶる。消毒みたいなものだ。
「これは二針…だな」
実際、緊急時でなければ人体に針をぶっさしてちくちく縫うことは禁止されている。
ここは法律もなにもないから別に関係はない。
洋服をもう少し退けたくて空いた手でさらにひっぱる。
…ん?
背中に、なにか火傷みたいなものがある。
少し悪いなと思いつつ、わずかに背中にずらしてみた。
―――なんだこれ。
問いただしたくなった。
だが、彼女が嫌がった理由がこれなのかもしれない。
「……始めるぞ」
「はい」
明日香が不審がる前に始めることにした。
強ばる身体に針を突き立てる。
できるだけ早く終わらせることができるように素早く。
明日香は叫ばなかった。
あまりにも我慢強い。
複雑に思いつつ進めていく。
最後に余った糸を持参のアーミーナイフについているハサミできる。
縫合は終了。
「ガーゼやって、包帯巻くから腕を少しあげろ」
「はい」
くるくると何周か巻き処置を終えた。
コートを羽織い直しつつ、明日香は不思議そうに聞いてくる。
「救急セット、いっぱいあるんですね」
「化膿して死ぬの嫌だし」
「念入りなんですね」
「まあな」
俺は今、ほぼ上の空だ。
高校時代、ヤンチャしていた友人の手の甲に火傷ができていた。
暴走族の新入り儀式とかで。
そいつはバカだから自慢話として話していたが――
これは。
これはとても自慢話の類いじゃないし――軽々しく聞けるものでもない。
本当に何があったんだ。
人殺しとなるまで、どのようなルートを辿ってきたのか。
俺が生きてきた世界と、全然違う。本来なら交わりもしない世界だった可能性もある。
明日香の背中に、タバコの火傷痕が残っていた。