三日目・彼女と素敵な笑顔
感動の再開も終わり、周囲の安全を確認した後再び移動に入った。
どこか一ヶ所に拠点おいてもいいんだろうが、万が一マークされると面倒だ。
あと死体もあったし。
「あ、すいません。お花を摘みに行ってきます」
明日香が立ち止まって言った。
そんな言葉知ってたのか。
「ああ」
ブルータスもついていこうとしたが明日香に止められた。
今は大人しくちょこんとお座りをして待っているが、俺のそばにはこない。
俺と留守番するのが気に入らないみたいな顔しやがって。
ところでこいつオスなのかメスなのかどっちだ。ちゃんと確認していない。
些細な問題だろうけど一旦気になると知りたくなるな。
「しかしなぁ…あいつかなり闇抱えてるっぽいぞブルータス」
話しかけてみたが、ブルータスは首をかしげるだけだ。
当たり前か。人語が分かるはずもない。
――私と仲良くなった子はみんな不幸になるんです。
静かな、それでいて叫ぶような独白。それはただの思い込みだとは言えなかった。
俺は明日香の人間関係とか過去を知らないのでなんとも意見のしようがない。
本当に周りがことごとく不幸になってしまった可能性もあるわけで。
半端な慰めは良くないし、望んでもないはずだ。
「あっ、人が――きゃあっ」
明日香とは逆の位置からなんか女が転がってきた。
すごいわざとらしく。びっくりした。
「……」
「あいたた…ごめんなさい、お見苦しいところを」
足を広げつつ俺を上目遣いで見てきた。
なにやってんだろう。
数秒考えて思い当たった。
これ、誘ってたりするのか。性的な意味で。
悪いがそんな若くないし顔もタイプじゃないからなんとも感じない。
「……」
明日香と同じく小さなポーチを腰につけているのみで、あとは手ぶらだ。
死刑囚だろうか。
あ、思い出した。こいつは死刑囚だ。
「あの、もしかして警戒してるとか?」
「当たり前だろ」
どう考えても突然出てきて変なことしだすやつは警戒するだろ。
ブルータスは足元で構えていた。
犬からしても相当に怪しかったらしい。
「大丈夫よ、あたしはアナタの味方になる人だから」
立ち上がりゆっくり近寄りながら女は柔らかい口調で言う。
俺は鼻でせせら笑った。
こうやって何人もの男を油断させて抱いてきたのか。
なるほど、納得した。
「会って数秒のやつに何言ってんだ? 懐柔できるとでも?」
「…そんなに気を張ってると疲れちゃうでしょう?」
「別に」
俺のすぐ前で止まる。
ナイフかなにか出してきたら殴るか。
「ね――溜まってない?」
微妙に子供に聞かせたら危ういセリフを言いながら胸を寄せる。
でかい。明日香より。
いやあいつ基準は流石にだめか…。そうするとだいたいの女性の胸が大きいことになる。
いや弁解しておくと触ったことはない。そんなスケベじゃないし俺。
明日香は胸の膨らみがとっても小さいだけで脱いだらすごいとかそういうタイプかもしれない。
ちょっと、それもなさそうな話だな…。
「どう?」
「どうもなにも。引っ掛からねーぞ、この詐欺師が」
擦りよる女を強引にひっぺがし睨み付ける。
知っている。ニュースで見た顔だ。
やつれてはいるが、腫れぼったいまぶたに右頬の大きなホクロだけは変わらない。
粗い写真でもおおまかに見てとれる分かりやすい特徴だ。
「名前は忘れたが…連続不審死の犯人だろ、あんた」
知り合いが一時期こいつの周辺を取材していた。
その時は知り合いの車が壊れていて、何度か送迎係になっていたのだ。
その後は書いたものぐらいは見てやろうと上から目線で掲載されていた雑誌を買った。
知り合いの書いた文といっしょに載っていた写真が、こいつだ。
その後テレビや新聞でも何度か見た。
「知ってたの?」
「たまたまな。――で、誘ったのは俺で何人目だ?」
「ひどい。アナタがはじめてだもの。タイプなの、アナタが」
縋るような声。そんなの知るか。
どうするか困っていると、右側から草を踏み分ける音がしたので横目で見る。
予想通り明日香だった。
一瞬目を丸くさせ、その後これ以上ないほど冷えきった目で女を見た。
まさかとは思うがこの状況を勘違いしてないよな。
「女の子ぉ?」
つまらなさそうに吐き捨てる。
邪魔されたと言わんばかりに。
「あの子、なんだか暗そうじゃない?」
しかしお前より美人だ。
「ね、ね。あの子殺したらあたしを信じてくれる?」
どうする?と目線で明日香に問いかける。
返事の代わりに表情で返してきた。
にっこり。
あー、うん。
勝敗がばっちり見えた。