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三日目・彼とてぃーぴーおー

 心臓が飛び出るほど驚くとはこのことだろう。

 ブルータスが隠れているところからバッと飛び出していったのだ。


「ブルー……!」


 おじさんに頭を押さえ付けられて中途半端なところで叫びを呑み込んだ。

 何やってるんだ、あのワンコは。

 どんなに危険か分からない――いや、あれの威力なんて分からないんだろうけど。

 でも近寄ると危ないとかは野生の勘で察すると思うのに。


 跳ねるように走るブルータスに気づき、重そうな銃をもつ男性は追うように乱射する。

 ついでに引金をしぼっている限りは弾が出てくる仕掛けらしい。

 数秒に一回、わずかな静寂のあとに再びけたたましい音が響く。


 音が離れていくことから、こちらからは注意を逸らせたようだが。


「逃げんぞ!」


「でも、あの子が!」


「馬鹿か!」


 横においていたリュックを素早く背負うと、おじさんは私の手首を掴んだ。


「今は俺についてきてくれ!」


 それだけ言うと走り出した。当然私も引っ張られた。

 ついてきてくれ、だって。

 あんまりにも必死な物言いだったので吹き出しそうにもなる。

 今笑うなんてしたら殴られるどころの話じゃないだろうな。

 こんな時なのにのんきに学校の家庭科でTPOを習ったことを思い出した。

 時。場合。場所。


 殺人にTPOはあるのだろうか。

 一通り殺し終わったあと、確かそんなことを考えていた気がする。


「ぐぇおあ!?」


 妙な叫びをあげておじさんが転倒した。

 手首を掴まれたままの私も当たり前のように転倒する。

 長袖を着ていて良かった。


「あの銃をもった人、もういませんよね」


 息を吸い込みながら辺りを見回す。

 倒れているために草しか目に入らなかった。


「一応いないとこまで逃げ……ぎょえー」


 言葉の途中で空気が抜けたような悲鳴をあげた。棒読みともいう。

 何事かと少し上体を起こしてみた。

 見れば私とおじさんと誰かの三人が地面に這いつくばっていた。


「この人、死んでますか?」


「ばっちり死んでるな。こいつに躓いたのか…」


「ぎょえー」


 私もおじさんにならってみた。

 ふむ、今年の流行語大賞になりそうな予感がする。嘘だけど。


 辺りは嘘のように静まり返っている。

 私たち以外そばに生き物はいないみたいだ。


「……ブルータスは、どうなったんでしょうか」


「すぐそばに死体があるのに考えることは犬かよ……」


「知らない人間より知っているワンコですよ」


「お前の世界観ってなんか理解できない次元なんだろうな…」


 そう言われても。


 ブルータスは私たちを探しているのか気になった。

 勝手に生きていくことにしたのか、怪我でもして動けなくなってしまったのか。

 もしくは撃たれて死んだのだろうか。


 なんで飛び出したんだろう。

 私たちを助けるつもりだったのか、あるいは野生の本能で攻撃しに行っただけか。

 どちらにしろもう分からないことだし、元々わかりっこない。


「怒っているのか? 犬を見捨てたって」


「いえ……あのまま行ってたら死ぬのがオチだったでしょうから」


 でも、未練が。

 珍しく未練がある。

 純粋になついてくれた存在が嬉しかったのかもしれない。

 無条件で愛情をくれたのは京香とあの人ぐらいだったから。

 その二人とも失ってしまったけど。


「そこまで落胆するか」


「してません」


「してる」


「してません」


 子供のやりとりかよ。


「…昔から、私と仲良くなった子はみんな不幸になるんです」


 貧乏神みたいなものだと思う。


「明日香」


「ちょっと、調子にのったからですかね。だからブルータスもきっと」


「明日香」


 でこぴんされた。

 驚いておじさんを見るとやれやれと言わんばかりだ。


「たまには奇跡とかそういうのも信じてみたらどうだ?」


「無理ですよ、奇跡なんて。起こらないから奇跡なんです」


「現にあるんだよ。ほら」


 おじさんが私の後ろを指差した。

 振り向くと、小柄なワンコがいた。


「……ブルータス?」


 ワンコはワンと吠えて私の胸に飛び込んできた。

 受け止めつつ、目元がじわりと熱くなる。

「しかし、死体の前で感動のご対面してもな…TPOって大事だな」


 おじさんがなんか言ってた。



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