三日目・彼となつかないワンコ
「こっちだよー」
人間の言葉が分かるとは思えないが、呼ぶとブルータスはしっぽを振ってついてくる。
頭を撫でるとふわふわ柔らかくて気持ちがいい。
ブルータスはだいたい一歳前後じゃないかなとは思っている。
「そいつに会った経緯は? たまたま現れてたまたまなつかれたわけじゃないだろう?」
「はい。朝散歩していたら」
「見張り向かないんだな、お前……それで?」
諦めたような顔をされた。
だって暇なんだもん。
「この子の母犬を蹴り殺している誰かに会いまして」
「その誰かは?」
「殺しました」
ヤク中だったのかなんだったのか焦点あってなかった。
なに言ってるかも理解不能で、よくここまで生きてこれたなと思った。
奇跡はよく分からないところで起きている。
ひとまず近くにあった棒でまず殴りつけてから首をかっ切った。
少し手間取ったけど、我ながら慣れたものだ。
嬉しくもなんともない慣れ。ため息しか出てこない。
人を殺すということになんら抵抗がないというか。
まあ、二年前に吹っ切れてしまったからなんだろうが。
……あれからそんなに経つのか。
「そんでその犬を回収したと」
「ええ。ちょっと見てられなかったので」
「犬には優しいんだな。犬には」
嫌味にしか聞こえない。
嫌味なんだろうけど。
「ふわふわの生きものには基本的に優しいですよ私。可愛いは正義です」
「なんなの? なんでマジな顔してんの?」
いや、怖がられるほどの顔はしていないはずだが。
おじさんの指摘によると私の目が澄みきっていたらしい。
まるでいつも私の目が濁っているみたいな言い方だな…。
「でも意外だな。動物好きなんだお前」
「好きですよ。小さい頃は捨て猫拾ってきたこともあるぐらい」
「ふーん?」
ブルータスを抱き上げて抱っこする。
思ったより軽い。
「ま、当時のオトウサンに頭を踏み潰されて死にましたけど」
「うぎっ」
おじさんの表情が凍りついた。
しゃべりすぎたな、と少し後悔する。
嫌な思い出だ。
ベキリと固い卵が割れるような音と子猫の断末魔がまだ耳に残っている。
血と脳髄がフローリングに広がった光景も。
あいつは、二番目のオトウサンはまだ生きてるのだろうか。
生きていたなら、のうのうと暮らしているのだろうか。別の女と。
あいつがあっさりと母親を捨てた時、わりと死を覚悟したぐらいには大変だった。
まだ頭のどこかに傷が残っているはずだ。
母親に連れられてきた男はどいつもこいつもろくな人間じゃなかった。
たった一人、例外を除いて。
「……そんな過去回想はどうでもいいとして」
「いいんだ」
「おじさんはワンコ嫌いなんですか?」
さっきからの態度を見てるとどうもそう思う。
「そんなことないぞ。見てろ、めっちゃなつくから」
そう言って私の腕に収まるブルータスに手を伸ばした。
ブルータスは鼻をヒクヒクと動かした後に
噛んだ。
「いたっ!? こいつぅ!」
血は出てないみたいでなにより。
しかしこれなんのコントだ。