コレクト 中
起き上がっていたなら倒れていただろう。ぐるりと眩暈に襲われる。
妙な浮遊感。ふわふわとした感覚。
「なんて顔しているんだい」
そんなにひどい顔をしているのだろうか。自覚は無い。
疲労感がひどい具合に襲い掛かってきた。
身体から温度が抜け去ったようだ。
手のひらにびりびりとあの時の感覚が蘇る。
皮膚の下で跳ねる脈、暖かい体温、柔らかい首、硬い気管。
白い顔。
紫の唇。
赤黒く変色した血
「前原君は電話の際、『生きているならば助けてやってくれ』と言っていたけど――死んでいるものはどうにもならない」
「いや、いい。俺のエゴだし、どうかしていたんだ」
片手で顔を覆う。
本当に、どうかしていた。
自分で殺しておいてなんて都合のいいことを言っていたんだか。
後に寄せてくる罪悪感がよっぽど恐ろしかったのだろう。
何人も何人も殺しておきながら、罪悪感を覚えたのは明日香と早川に対してだけだ。
「…身体は貰ったよ。なかなか興味深いからね」
なにがどう興味深いんだろう。
というよりも回収したという解釈でいいんだろうか。回収されたところで会えないだろう。
死体に会ってもどうしようもない。
しかしあいつ何に役立つんだ。解剖とか。あんなボロボロなのに?
俺がやめろといってもどうせ聞いてもらえないのは明白だ。俺に意見を言う許可があるさえ怪しい。
仮にやめてくれたとして、明日香の死体がドンと出されるのも困る。どうすればいいんだよ。
「君の無謀さと勇気はとてもよかったと評価しよう。『私物だから一緒に回収しろ』なんて思いつかない。今度からルールを少し変えなければ」
「……。修正箇所、いくつかありますからね」
「そうだね。でもそれはおいおい聞くよ。今は医者にも止められているんでね」
じゃあ訃報聞かせるなよ。
ここまでの話のどれよりもひどいニュースだぞ。
ずっしりと彼女の死が胃にきている。
いや、それだけじゃない。遅れてくるようにブルータスや岡崎の――
「そうだ。岡崎。岡崎美波! あいつ、兄貴と入れ替わらされて」
「知っている。岡崎美空、彼が騙してゲームに参加させたのは知っていた」
は?
国府津はあまり触れてほしく無さげな表情を作った。
「どうするか話はあったけどね。岡崎美空のその後の動向を観察することで落ち着いた」
「じゃあ、なんだ…岡崎美波は捨てられたのか」
「そういうことだ」
…あんまりだろ。
あいつが何をしたっていうんだ。結果的にあんなところで死んでしまって。
孤独ではなかったことだけが救いだが――それだけだ。
怒りは不思議と沸かなかった。茫然としているだけなのかもしれない。
この話を聞いたのが俺でよかったと思う。
明日香だったら怒り狂って大暴れしていたことだろう。
「一言でも……一言でもいいから謝ってくれ…。こんな、ひどすぎる…」
「すまない」
あっさりと国府津は頭を下げた。
「立場が弱いんだ、僕は。逆らえないものがある。――これまでで出来たのはせいぜい、来宮明日香を精神病院から退院させたことだけ」
「…明日香を?」
「そう。彼女を入院させ世間と隔離すれば事態は収まると考えていた連中に対抗する形で、来宮を世に出したのは僕だ」
「……。三華宮高校襲撃事件が結果的に起きたわけだが」
「まさかやるとはって感じだったけどね。そして彼女は犯罪者になり、再び僕らの計画のもとに姿を現した。アンラッキーにもほどがある」
「…まあな」
「申し訳ないが、もはや岡崎美波の件はどうしようもできない。残る岡崎美空は――どうする、君がやるかい」
「…ああ」
やるしかねえだろ。それが約束なんだから。
「僕は君をこれ以上は庇護できない。目をつけられ始めているからだ。この話も非公式だ。殺人をするなら慎重にね」
なんだ、こいつの立場も結構微妙なのか。
もしかしたらお人形さんだったりするんだろうか。
まあ、そんなの俺には関係ない事だ。
小さく頷くと国府津は安心したような顔をした。
俺がポカかましたら真っ先に疑われるとかあるんだろう。
「来宮明日香のポケットに四枚、君が持っていたのは二枚。合わせて六枚」
調子を戻し、歌うように国府津が呟く。
なんのことだろうか。
首を捻っていると手品のようにひとつ、メダルを取り出した。
蛍光灯の光を浴びてそれは鈍く光る。
「いくら、君は貰えると思う?」
…ああ。『コレクト』における、集めた分だけ換金されるとかそういうシステムの。
結局一枚あたりいくらか分からなかった。
少し考える。
「…六千円?」
「庶民的な発想嫌いじゃないよ」
盛大に吹かれた。