コレクト 前
「何すんだてめぇ!」
飛び起きかけて、身体中に痛みが走りそのまま枕に沈み込んだ。
目に入ったのは見知らぬ天井。
冗談抜きで見知らぬ天井だ。
——病院?
「昏睡していた人間とは思えない目覚めだ」
唐突にかけられた言葉に驚いてそちらへ素早く首を回す。
視界の半分が見えないと思ったらどうやらガーゼで覆われているようだった。そういや切られたんだ。
個室、か?
窓の下にあるソファに座っているのは俺と同じかそれより上ぐらいの男。
スーツは着ているがネクタイは緩めてある。
知り合いかと思い脳内で該当する人物を検索するが、似た人間は思いつかなかった。
仕方ない、ここは素直に聞くか。
「…誰ですか」
「忘れてしまったのかい。寂しいな。あんなに語り合ったのに」
「……。すいません、本当に分からないです」
いつのまにそんなドラマちっくなことをしたんだ。
「ま、今が初顔合わせだからね。ほら、君が島で電話をした相手だ」
親指と小指を立てて男は顔の横に当てた。テレフォンってか。
…というより、忘れたもクソも会ってないならわかんねーよ。
ネットのオフ会でいきなり顔が分かるやつがいるかって言いたい。
いろいろと言ってやりたいことはあったが、電話の主だとすればあまり下手なことは出来ないのでぐっとこらえる。
つまりあのキチガイゲームを考えたボスが目の前にいることになる。
「じゃあ、『コレクト』の実行委員長はあなたですか」
「そんなもんだね」
やっぱりな。
男は立ち上がると、俺のベッドサイドまで歩み寄ってきた。
どうしよう。今俺は無数の点滴に繋がれているわけだが、毒とか注入されないだろうか。
片手もギブスでぐるぐる巻きである。
表情が明らかに強張っていたらしく、男は苦笑いをした。
「別に殺しに来たわけじゃないさ、前原籠原くん。私は国府津夜﨑。ま、今後会わないだろうから忘れても構わない」
「はぁ…」
今後は(この場で死ぬから)会わない、だったら本当に嫌なんだが。
とりあえず偽名だかなんだかは知らんが名乗ってきたからにはそれなりの対応はしよう。
「で、なにか聞きたいことはあるんじゃないのかな。今なら何でも答えるよ」
実際何でもってわけじゃなかろうが。
でも答えるって言うなら聞いといたほうが良いだろう。
「……なぜこんなゲームを始めたんですか?」
「うん、実験。今後に向けての試験運用ともいうかな」
あっさりとしていた。
「簡単に言うと、重罪犯罪者、犯罪予備軍、それとブラックリスト入り…を、減らしたらどうなるかって社会実験。釈放される予定の人間はさすがに使えないんだよね、対応大変だし」
「…で、どうなりました?」
「おいおい、まだ二週間もたってないんだ。これから長い目で見ないと」
よどみなく答えるところを見ると俺の質問はあらかじめ予想はしていたらしい。
じゃあ黒川とかもなんらかのブラックリストに突っ込まれていたんだろう。ざまみろ。
「俺を、選んだのは? わざわざチラシなんて用意して俺を誘導したでしょう。…別に恨んではないですが」
ブラックリスト入りすることは断じてしてないとは思う。
「僕の提案ではないから詳しくは話せないけど、生きるのに切羽詰っている人間を対象に誘ったみたいだ」
「なぜ」
「恐らくは『民間人でも殺人が許されるところに行けば殺人するのか?』みたいなやつじゃないかな。僕はそこら辺は関わってないから」
「……」
「あとで来るんじゃないかな、感想聞きにくる人。ああそうだ、いろんな人に身体や心身いじくられても気にしないでね。死にはしないと思けど」
「いや不安要素しかないんですが」
怖すぎんだろ。
モルモットじゃん。
「そういう状況で生き残った人間に興味抱かないのがどうかしているだろう?」
「どうかしているのはそっちじゃないかと思うんですが」
「あきらめたまえ。勝者は背負うんだろう? すべてを」
「……どこでそんなことを」
そんなこと、明日香の前以外では言ってないし、あいつももう――。
まさか寝言か。恥ずかしすぎないかそれは。
「常に音声は通信していた。腕時計型のデバイスで、百人分。GPS機能も加えるとかなり電池消耗するから最後の最後で使わざるを得なかった」
マジかよ。
「十数人で聞かせてもらったよ。いやあ、いいね。青臭いダークヒーローって感じだった。来宮もあれで落ちるかと思ったけどやっぱり死人には勝てないか」
「おいやめろ」
「録音もしている。記録を残さないといけないから」
「なんてことを」
消去してくれ。
あれとかこれとかも全部聞かれていたのか!?
いや最初のうちの会話は流されていただろうが最後になるにしたがってどんどんとあれなことになっているからうわああああ。
最初に言えよそういうこと。
頭を抱える俺を見てニコニコしていた国府津だったが、ふと真面目な表情に顔を戻した。
「来宮」と再度口の中で転がし、何かを考え始めたようだった。
訝しがる俺を前に彼は声のトーンを落とす。
「そうだ、これは忘れないうちに言わなければ」
何の感情も掴めない。
俺を見、小さく肩をすくめた。
「来宮明日香はもうこの世にはいない」