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幾万の話、一つの終わり

 気がつけば明日香は瞼を閉じていた。

 ぱっと手を離す。首は指の形に赤くなっていた。

 息、息は?

 …ない。分からない。していない。

 潮風が強くなってきて呼吸も満足にたしかめられない。

 脈は…。……。

 どこに脈があるんだろう。なにも感じられない。

 頬を抓ってもぴくりともしない。ああ、さっき叩いた頬が腫れている。


「あす、」


 呼びかけて、やめた。我に返ったともいう。

 自分で殺したくせに何やってんだか。


 首を絞めて死んだのか、血を失って死んだのか。どちらだろう。

 最後の最後に刺しやがって。

 「ただでは死にませんよ」みたいな顔して噛みついても来た。

 すごい痛い。

 こいつ、今までこんな痛みを引きずって戦っていたのか。アホじゃねえの。


 生気を失い真っ白になった顔。

 それでも表情は柔らかかった。

 …本来お前が受ける刑とたいして変わりがなかったな。ロープか手かの違いだけで。


 バラララとやかましい音が近づく。

 海上遥か彼方の小さな点が次第に大きくなってくる。ヘリコプターっぽい。

 立ち上がりぼんやり見上げる。

 上空から狙撃とかされるかな。そんな無駄弾撃たないか。


 背中から猟銃を降ろした。

 ひどく重くなって持てなくなったのだ。本当はそんなことないはずなのに。

 一気に力が抜けているかもな。


「ウオオオアアァァァァァッ!!」


 鼓膜に暴力的に叩きつけられる絶叫。緩慢と首を向けると、少年みたいな青年みたいなとにかく若い男が特攻ばりに走ってくる。

 この場で立っているのが俺一人だから容易に勝者が分かったのだろう。

 まだゲームがクリアされたことなんて理解していない『死んだ』生き残りたちもいるとは思うが。


 雄叫びを上げながらぶんぶんと包丁を振り回し、足を引きずり、それでも全力疾走でこっちに向かってきた。

 初日の明日香の真逆だな。あいつは気づいたら殺しに来ていたから。


「オ」


 猟銃をバッドのように持つ。

走ってきた勢いとフルスイングで振った猟銃が青年の鼻っ面にぶち当たる。


「ブァ!」


 彼はのけ反って後ろに倒れた。

 …まさか今の衝撃でこれ壊れてないよな。

 一抹の不安を抱えながら青年の胸に標準を当てる。今はなんだか頭に一発で当てられる気がしなかった。


「やめ」


 懇願を無視して撃つ。

 青年がびくっと大きく跳ねる。なにか言葉にならないことを喚き、どこかに手を伸ばして、しかし届かないままに大きく痙攣し死んだ。

 今更だけどこんなに若いということは(岡崎よりは若そう)やっぱり複雑な事情を抱えていたんだろうか。

 …まあいいか。死んじゃったし。


「サンキュ、岡崎」


 猟銃に礼を言い、明日香に血の飛沫が行っていないか気にする。

 特にそういうことはなさそうだ。

 というか全体的に血塗れだから例えあっても気付けない。


 その間にすでにヘリは砂浜に到着していた。

 俺は猟銃を地面に下ろして、ただ手を振る。

 あちらも気づいて手を振りかえしてきた。分かるのかな。GPSあるから大まかにどこにいるか分かるのか。

 完全武装した兵士たちだった。自衛隊じゃ見たことないな、あんな戦闘服。

 あ、誰かヘリに走ってきた。それを普通に発砲して殺した。怖すぎだろなんだあの冷淡さ。


 三人ほど警戒としてヘリのそばに残り、二人が俺のそばに寄ってきた。

 銃撃でも食らうかと身構えたが、特にそのような素振りはなかった。

 ただ距離は置かれている。

 そりゃそうか。九十九人の屍の上に立った人間なんて、普通に警戒するわな。


 両手を(折れているほうは小さく)上げて危害を与えないことをアピールする。

 というかもうこんなボロボロの状態で立っているのもきつい。

 舐められないように、途切れかける意識を奮いただしながら笑って見せる。

 よお、どうだい眺めは。

 顔の半分は血塗れで、左手は骨折、腹にはナイフ。ホラー映画にいても違和感なさそうだろ。


「…お迎えご苦労さん。来て早々悪いんだが、このゲームの実行委員長さんと話は出来るかね?」


 馬鹿だと笑うか、一蹴されるかとも思ったが意外な反応が返ってきた。

 ふたりのうち一人が、頷いたのだ。


・・・


 ふと気づくと川の中に立っていた。

 思い出すまでもない、あの時の川だ。

 冷たい水が俺から体温を奪っていく。凍り付きそうだ。


 それよりもどうしてこんなところにいるのか考えていると前方の深い霧の中から誰かがやってきた。

 迷彩の制服を着た、懐かしい顔。

 いつか夢見た水死体の姿ではなく健康体そのものだった。


「早川」


 彼は「久しぶり」と言うかのようにひらりと手を振ってきた。相変わらずドライな奴だ。

その手で俺の後ろを指さした。



 振り返らずともわかる。そっちは現世だろう。

 そして、早川がやってきた霧の奥はあの世だ。

 岡崎も、ブルータスも――明日香も、向こう側に…いや、なんというかもう少し地獄っぽいところにいそうだけどなあの連中。


「迎えに来てくれたんじゃないのか」


 にっこりと早川は笑う。

 やれやれというかのように肩をすくめて見せた。呆れているといった感じか。

 なぜ一言もしゃべってくれないのか。

 まあ怒り心頭ならば仕方のない事だが、だったら無理やりにでも霧の向こうへ連れていってもいいはずなんだが。抵抗する気はないし。

 ちょいちょいと口元を指さしたのでなにごとかと見る。


 ば か 


唇の形はそんな感じだった。

混乱していると、早川は拳を固めて思いっきり顔をぶん殴ってきた。


・・・


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