九日目・俺と明日香 ■
「おじさん」
「あ?」
「私もただでは死にませんが――でも仮に、あなたが生き残った時に頼みたいことが」
「わかってる。俺が全部背負ってやるよ。おまえの妹も、仲間も、岡崎のクソ兄貴も、参加者が思い描いていた未来も、全部。それが勝者ってもんだろ」
「…強欲。じゃあ、私が生き残ったらおじさんの家族も追加しときます。ーーいますよね?」
「いる。それはまあ、頼む」
幼馴染み兄妹もなんとかしてもらいたいが……めんどくさそうだからいいか。どうせ妹経由で話は行くはずだ。
クスクスと何がおかしいのか彼女は笑った。
俺もつられて笑う。
「恥ずかしい話、クリアしたら何が起きるか怖くてたまんねぇんだ。底なし沼に落ちるよりも怖い」
「そうですか? 私は逆にわくわくしてますよ。これ以上に酷いことなんてそんなにないでしょうから」
確かにそうなんだろうけど。
こいつほど地獄をみたやつもなかなかいないだろうし。逆に地獄も作り出していたが。
だからと言ってわくわくはねえだろ。
「今までよりさらに酷かったら?」
「これが私の運命なんだと思って諦めますよ。そういうものでしょう」
お前ほど運命なんてクソなものに翻弄されたやつはいないもんな。
親から虐待を受け、妹を死なし、友人を殺し、親に手をかけ、同級生を惨殺して、ここに行きついた。
終着の地に。
一人の人生にいろんなもん詰めすぎだろってぐらいだ。
せめて少しだけでも報われるだとか幸せになったってよかったのに。
ま、それは来世にご期待か。もしもあるとするなら。
「お兄さんがこの場にいたらどうしたんでしょうかね」
「止めたんじゃねえの。だって岡崎だし」
「そうですね」
あいつがいたならこういう展開にはならなかったろう。
かといって、マシな方向に行くとも思えない。
難しいな。分岐点を見極めるって。
「そろそろやろうか」
「はい。――殺す覚悟も、殺される覚悟も。二年前のあの時からとっくにできていますよ」
片手だけしか使えないというのにやけに自信たっぷりだった。
明日香がナイフを構える。
彼女にはあの日、切っ先の向こう側に何が見えていたのだろう。
そして今、どこに向かってナイフを向けているのだろう。
「ねえ、最後にキスでもしませんか」
「断る」
「ケチ」
したところできっと血の味しかしない。
明日香も本気ではなかったのかそれ以上は言ってこなかった。
――迎えなんて嘘っぱちで永遠にここに取り残されるとしても、それでも俺たちはこのゲームに区切りをつけるべきだろう。
今度はもっとましな出会い方ができるよう、いるかも分からない神に祈って。
自殺願望を抱えグズグズ生きる男と、復讐に駆られた少女殺人鬼の邂逅の与太話をここで終わらせよう。
なに、別に死ぬだけだ。
「じゃあな、明日香」
「さようなら、おじさん」
ーー踏み出したのはほぼ同時だった。