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人殺したちのコンクルージョン  作者: 赤柴紫織子
人殺したちのコンクルージョン
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九日目・俺と、 ■

 老人の体が糸が切れた人形のように崩れた。

 拳銃が宙を舞い、軽い落下音と共に砂に落ちる。


 腕時計はここからでもわかるぐらいに損傷していた。

 あれじゃあ、もう使い物にならない――



【残り 一人】



 待ち侘びていたかのように素早く数字が変わった。

 それから一拍置いてテロリンと妙なメロディが流れた。



【クリアおめでとうございます】



 クリア。

 誰が?

 俺がか。


 感動は思っていたよりもひどく薄かった。


【迎えに参ります。その場に待機してください】


 あっさりとした文章だった。

 今までの苦労もなにもかもどうでもよさげな、事務的なもの。

 あらかじめ内蔵されたメッセージだったんだろうがえらく他人事だ。

 それもそうか。まあ深くは求めない。


「明日香」


 座り込む彼女に近寄り、屈みこむ。

 呆けた表情で海を眺めていた明日香は数回瞬きをした。

 彼女はえへらと笑う。やっぱりその笑みはぎこちなく、下手くそなものだ。


「おめでとうございます」


 なんの裏の感情もなく、純粋に紡がれた言葉。

 それが、本当に、腹立たしい。


 何も言わずに胸倉を掴んで引き寄せた。

 もう片方が骨折していたことを思い出して、胸倉から手を離してからきょとんとした彼女の頬に平手打ちをした。

 乾いた小気味のいい音が鳴る。


 明日香は目を白黒させた。

 だが動揺は少ない。慣れたように頬を押さえて、しかし事情が呑み込めない顔で俺を見る。


「なんですか」


「お前は! 何をしてやがるんだ!」


 怒鳴る。

 びりびりと顔の傷が再び痛みだすが、そんなものに構っていられない。

 とにかく言わなければ気が済まない。


「なにって……クリアは一人のみ。そういうルールでしょう」


 対する明日香は落ち着き払っていた。

 怒鳴る俺に臆することもなく、逆に眉をひそめる。


「岡崎の腕時計を投げるだけでも良かったんじゃないのか!?」


「…分かっているでしょう。『死なないと』いけなかったんですよ。ちゃんとやったから、だからあの人も死んでくれたんです」


 理解ができないというようだった。


「お前は…お前はッ! もし騙されていたらどうしたんだ!」


「あなたがきっちり殺すでしょう? ――あの提案は、なかなか魅力的でしたから」


「魅力的? どこがだ。お前は結局『死んで』しまった」


「それでいいんです。忘れていませんか? 私、死刑囚ですよ。殺人鬼ですよ。まだ事件の生き残りを殺したがっているキチガイですよ。そんなのがクリアしたら、駄目でしょう」


「知らねえよ! お前は確かに死刑囚で、殺人鬼で、キチガイで、胸も薄い女だ! でも、お前の死で何が変わるんだ!」


 確かに明日香は生き残っては――クリアしていい人間ではないだろう。

 何十何百もの未来を奪い取った罪深い存在だ。


 だが、そんなの俺が知るかよ。

 俺は事件の被害者でもなければ関係者でもない。


 いくら死んでもいいからって、こんな終わりはあんまりすぎるだろう。

 俺は騙されて勝利したようなものだ。

 そうじゃねえだろう。

 拍子抜けもいいところだ。


「……。私は、あなたに生きてほしいから、じゃ駄目ですかね」


「駄目に決まってんだろ、勝手に『死に』やがって! こんな…ズルして勝ったみたいじゃねえか!」


「…なぜそんなに怒っているんですか。お兄さんとの約束を破ったから? それは悪く思いますけど、生き残ったあなたに後をお願いしようかと思っていて」


 明日香は興奮する俺を冷めた目で眺めている。

 そうか、岡崎との約束があった。

 生きろと。二人で。

 約束を忘れたわけじゃないという言い訳じみた物言いである。

 

 ああ、分かっている。

 こんなの子供のような勝手な理由だ。

 一人だけしか生き残れないと何度も何度も言われたし、言ってきた。

 だけど一言ぐらい言えよ。絶対止めるだろうから言わなかったんだとしても。


「そんなに私と殺りあうつもりでしたか」


「そうだよ」


 二人で生き残れないなら、俺が殺そうと。

 エゴ全開で考えていた。


「あら、照れますね。いいですけど」


 冗談かと思うぐらい、さっぱりとした肯定だった。


「……じゃあ殺し合おうぜ、明日香。勝った方がこの腕時計をつけるってわけだ」


 とんとんと自分の腕時計を指さす。

 【待機してください】と、先ほどから表示は変わらない。


「別にいいですが…たとえば勝ったとしてそれをつけます。そうすると私、『前原籠原』になりません?」


「お前もう来宮明日香で生きていけねえだろうがよ。ちょうどいいじゃねえか」


「はぁ」


 呆れかえったような返事だった。

 思案気にがしがしと艶のなくなった髪をかいた後に「仕方ないですね」と吐息とともに零した。

 明日香は刃こぼれあるナイフを取り出す。


「言っておいてなんだが動けるか」


「意地でも動きますよ。初日のリベンジ戦だ、負けはしません」


 ゆらりと明日香は立ち上がった。

 その顔に笑みを浮かべている。

 …お前、実を言うと結構な殺人ジャンキーなんじゃねえの。



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