九日目・俺とご老人 ■
「何を言ってやがる……」
「……」
ずいぶんおいしい話ではあると思ったが。
さすがに裏があったか。そんなもんだよな、世の中。
明日香は俺の後ろでただ黙っている。
「ただでゲームを放り投げるのはいかんせん癪でね。それに、生き残るのは一人だ。知っているだろう? 君たちがどれほど仲が良いとしてもそれは覆されない」
冷静に、淡々と水根は語る。
俺たちの仲違いを狙っているようにも思えたが、それ以前にこちらに興味を持ってなさそうだ。
それから流れるような手つきで懐から小型の拳銃を取り出した。
一瞬びびったが、それを俺たちに向けるでもなくただ弄ぶ。
あっぶね…。本気で殺す気なら死んでいただろう。牽制の意味合いも感じる。
「この数日で何度か使ったが、ずいぶん便利なものだな。あっさりと人が死ぬ」
「そのために作られているから、な」
「ほう。確かに平和のためには作られていないだろう」
今ここで撃とうか?
しかし反撃されでもしたら。
明日香が背中にいる。もし銃撃されたとして、俺がよけたら明日香に当たる。
というかこれ以上ないぐらい良いマトと化しているからなこいつ。
「…まさか、ここまで生きるはめになるとは思わなんだ」
どこか寂しげに吐かれた独白だった。
「生きるはめ」って、この島でそんな発言するとどれだけ恨まれることか。
生きたくても死んだ奴だっていたはずだ。
…他人の思いなど関係ないか。自分は自分で、他人は他人。誰かが生きたかった明日はそいつのものでなく自分だけの今日なのだから。
「生きたかったから、生きているんだろう?」
「鬼のように走り回る人間が怖かったから逃げていたらこれだ。どう転がるか分かったものではないな」
「…だとしても、せっかくのチャンスを投げ捨てていいのかよ」
あれ。なんか説得してないか、俺。
やばいな、言質とか取られるかもしれん。
「どうせならそのチャンスは早く来てほしかったものだな。親兄弟に切り捨てられ、そして金銭で友人を捨てた。どうせ生きても何も戻らん。失ったものが返ってくることなど夢幻ごとだ」
ずいぶんと喋る。
時間稼ぎかと考えたが、何を待つための時間稼ぎだ?
あたりに味方がいるようには思えないが。
「クリアすれば金がある」
「なんだ、ずいぶんと慈悲深いのだな。――金で縁を取り戻すほど虚しいことはないと思うがね」
そこでニヤリと笑った。
「……」
もうこいつん中では完結しているのか。なにもかも。
なら、俺がもうこれ以上言うこともないな。
所詮他人だ。人生相談なんか本来ならしている暇もない。
あとは――
「お嬢ちゃん、それが君の選択か」
俺から視線を外し、水根老人は明日香のほうを見た。
「はい」
俺の後ろではっきりとした返事。
…選択? なんのことだ。
――今まで妙におとなしかった明日香は、何をしていた?
振り向いた時に彼女は腕を振りあげていた。
「明日香!」
止める暇もなかった。だって、もうすでに行為は終わった後だったのだから。
明日香の腕時計が綺麗な弧を描いて、海に落ちた。