九日目・私がなくしたものたち ⚪︎
なんどもおもう。
私がもしあのときに きょうかといれかわらず、しんでいたのなら。
きょうかは、私のために泣いてくれただろうか? 私のために死んでくれただろうか? 私のためにだれかを殺してくれただろうか?
かんがえるたびにおそろしくなる。
きょうかは、私のために自分を犠牲にしてくれるのかーー?
私だけが一方的な愛を抱いているだけだとしたら。しかしもはや確かめるすべもなく。
「…す…あすか……」
だれ?
私のほおをだれがたたく。
「おい……起きろ……おま…」
だれがよんでいるの?
きょうかかな。
おにいさんかな。
ブルータスもいるね。
あのひとかな。
おかあさん。おかあさんがおこしてくれたら、いいな。
…ああ、でもみんなしんでた。
ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。
「――明日香」
名前に引っ張られるようにして目を開ける。
「……おじさん?」
泣き出しそうな顔が目の前にあった。
そう言う顔は本当に似合いませんね。
「生きていたか……」
動くのも億劫で、ただおじさんだけを見つめ返す。
私の言わんとしたことは分かったのか頷いた。
「あいつらは殺しといた」
「ああ…良かった」
それだけはとても気がかりだった。
といっても、私が目覚めて彼が生きているということはつまりそう言うことではあるのだが。
どちらも倒せず、むしろ倒されてしまいそうだったからおじさんならやってくれると信じていた。
「腕時計は…あれ?」
「無事。右手にはまっている」
本当だ。何があったんだろう。
ぼんやりと右手を上げて表示を見る。
【残り 三人】
「さっきのは…」
「両方『生きて』いた。んで、両方死んだ。だから二人減ったことになる」
「…もう一人、死んでません?」
最後に見た時は六人だった。
で、二人減って四人。計算が合わない。
「そうなんだよ。つまり、俺ら以外にはあと一人だけってことだ」
「はぁ…見えてきましたねえゴールが…」
まあ、どっかで同じように殺し殺されしているだろうし、なんら変なことはなかった。
全員潰すつもりだったからこう自分の知らないところで数が減ると少しびっくりする。
だるくて手を下ろす。
ふと左手を見ると、手首で布がきつく巻かれ、そこから先はぐるぐると包帯が巻かれている。
血が染みて真っ赤な手袋みたいだ。
なぜそんなことになっているのか考えて、心臓が跳ね上がった。
指を――切られたのだ。
「明日香、変に動くな。お前もう失血量が馬鹿にならない」
「指…戻りません、よね」
「……ああ」
利き手ではない手でよかった、と脳の片隅で思うがしかしそれでも損失はショックだった。
十八年も一緒だったのに。
京香の手も握れない。いや、もう握ることもできないか。
彼女が生きていたとしてこんな汚れた手で触ることもおごがましい。
「ふ…ふふ、ふふふ、失いすぎましたね、この一日で。お兄さんも、ブルータスも、指も」
笑いが止まらない。
ブルータスが死んだのも、お兄さんが死んだのも、よく考えれば今日だった。
たった十数時間だ。どれだけ一気になくしてしまったのだろう。
心が追いつかない。
胸が苦しい。
窒息しそうなほどに。
ごめんなさい。
「喋るな。少し休め」
「……おじさんだけは失わなくてよかった」
「明日香」
「もう失わない。勝ってください。そのためなら、私は何だってする」
「いい、俺がやる。お前はもう傷つくな」
そっちだって十分傷ついているくせに。