九日目・俺はとりあえず殴る ■
明日香の指が飛ぶ。
気絶したのか甲高い悲鳴をぷっつりと止めてしまった。
どうか何もかも冗談であってくれ。
願いながら再び斧を振り上げられた手を掴む。
よっぽど夢中になっていたのか、俺の姿を見てぎょっとしたようだ。
金属バットのやつが俺から離れたのは、斧をもったやつの援護をするためだと思う。
明日香は外見は外見だから少々油断でもして思わぬ反撃を食らったというところだろう。だから慌てて総攻撃した、というところか。
――考察なんて意味がない。
とにかく、明日香が危ない。それだけだ。
「離せ!」
馬鹿を言うな、離す馬鹿がどこにいるという。
腕に力を籠める。
レバーを下げるように、斧を持った腕を引き下ろした。
「あっぐぁ!?」
押さえつけている金属バット野郎の肩に無事に斧が着陸した。
肉を打ち付けるなんとも言えない感触が腕を這う。
さっと腕から手を離し、その手首にチョップを食らわせると簡単に斧から手がはなれる。
そのまま頬をぶん殴る。悪いがケンカは物心ついた時からやらかしているから簡単には手は傷付かない。
さて、次は金属バット野郎だ。背中から斧が生えているのは見ていてかわいそうなので抜き取ってやる。
悲鳴が上がる。
もう一度首に向かって振り下ろす。何か絶たれた感触。もはやおなじみのように吹き出す血。
こんなもんだろう。簡単には動けまい。
足元に斧を落とす。
「てめえ!」
拳が横から飛んできた。
手のひらで華麗に受け止める――のは無理があったので、腕で顔を庇った。
金属バット野郎を攻撃しておいて正解だった。片目だけじゃ二人相手取るのは難しい。
拳を跳ねのけ、勢いのまま鼻を潰した。
あーあ、顔が台無しだ。俺のせいなんだけど。
「ぁだっ!」
奴は痛みから思わず顔を覆う。
そんな暇ないだろ。敵はまだ目の前にいて、しかも武器を持っているんだぞ。
だが教えてやる道理もない。
俺がやることはこいつらの始末。それでいい。
「よいせ」
ずっしりとした重さがそろそろ辛くなってくる。
なにより片手で持つからな。
はっとしたように斧野郎がこちらを見る。斧持っているの俺だけど。
ここまでよく頑張りました。もうちょっと頑張りましょう。
俺を先に殺しておけばよかったのにな。
何があったか知らんが、選択肢を間違えたことは猛省しとくべきだと思うぞ俺は。
渾身の力で斧野郎の頭をぶん殴った。
流石頭蓋骨、斧だとてなかなか簡単には割れてくれない。少し刺さったぐらいだ。
勢いづいてそいつは地面に倒れこむ。
その方が楽でいい。
上げようともがく頭を踏んづけて、首に狙いをつける。
ギロチンができる前の死刑執行人もこんな気分だったのかね。いい気分はしない。
それに、こいつと俺は死刑囚じゃないんだよなぁ。本物はあっちのほうでどちらも死にかけている。
斧を首に振り落とした。
真っ二つにはならなかったし、思ったよりも切れなかったが、ベキンと折れた音がした。
おまけにもう一発振りおろす。痙攣。
駄目押しで…もういいか。
さてと。
明日香のそばで転がる金属バット野郎が首を押さえ必死に逃げようと足をばたつかせて、指先を地面にめり込ませている。
だがその眼はもはや光は無いし、顔色もひどく悪い。
それでも逃げようとするのは生への執着か。
ま、苦しませるのが趣味なわけじゃないから介錯ぐらいは責任を持たせてもらうよ。