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人殺したちのコンクルージョン  作者: 赤柴紫織子
終わりに踏み込んだ後
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閑話・雨の日に

 雨が降っている。六月にそろそろ入ろうというのに非常に冷え込んだ日だった。

 地元では降らない予報だったが、都心ではどうやら空模様が違ったらしい。

 そんなに離れているわけでもないのにふしぎなものだ。


「……原ちゃんのいるところも雨なのかなぁ」


 名草ちゃんからの連絡があって、それから一日たった。

 原ちゃんは忽然と姿をけし、生きているかもわからない。

 失踪届を出したがそれも気休めのようなものだ。自分から姿を――あんなに念入りに姿を消した人間が、そう簡単に見つかるわけではない。

 分かってはいるけれど。


 どんなに気分が凹んでいたからといっても仕事を休むわけにはいかず、今の今まで出版社まで出向いて打ち合わせをしていた。

 途中で雨に降られてあわててビニール傘を買ってしまった。わたしの家に何本傘があるのだろう。

 アーケードがあるところにようやくたどり着き傘をたたむ。このまま改札まで地下道のような作りなのでこれ以上濡れずに行ける。


 しかし、このまま帰ればまた原ちゃんのことをエンドレスで考えてしまうだろう。どこへ行ったのか、どうなったのか。そんなことばかり。

 しかし、この駅にはそこまで用もない。

 どこにいこうか。どこにもいきたくない。どこかにいきたい。


 出口のない思考に陥ったわたしを引きもどしたのは、ひとつ違和感に気がついたからだった。

 わたしの横にたつ女性、一体いつからここにいるんだろう。風によって時折雨がアーケードの中まで吹き込む。そのせいで靴が傍から見てもびしょ濡れだった。

 二十代中ごろぐらいだろうか、もう少し幼くも見えるけど。

 一度気になったら無視できないのがわたしの悪い癖だ。なんどか逡巡した後に声を掛けることにする。


「お嬢さん、風邪をひくわよ」


「えっ?」


 まさか声を掛けられたと思わなかったらしい。周りを見回してから、話しかけられたのが自分だと気付き驚いた表情をする。


「わ、え、私は、あの、大丈夫なので」


「おせっかいかもだけど…もう少し中に入ってもいいと思っただけ」


「そうですね…。ちょっとぼんやりしちゃって」


 ぼんやりしていたレベルじゃなさそうなのだが。

 照れくさそうに笑う名も知れない彼女は少し天然なのだろうか。


「……人を待っているの?」


 無意識に口にして、しまったと思った。

 こんな見も知らぬ人間が個人の事情に首を突っ込む――のはわたしの仕事ではあるけれど、なにもプライベートでまで他人の繊細を探ろうとしなくてもいいだろう。

 こんな質問をしてしまったのはわたしも待つ人だからだろうか。


「ごめんなさい。気にしないで」


「いえ、その通りなので。…ずっと待っているんです。ここが自宅から近い最寄り駅なのでもしかしたらって」


 ぽつりとこぼされた言葉はどこまでも寂しそうで、悲しげだった。

 ちらりと彼女を見ると、さきほどの笑みは跡形もなくなり表情に影が差していた。


 彼女はスマートフォンをちらりと見て、その美しい顔をますます曇らせた。


「…行方不明になってしまったんです」


「えっ」


「いきなり、連絡もなくいなくなってしまって…そんな人じゃなかったのに」


「……」


 デジャヴというか、そのまんまわたしだった。

 行方不明になった人がこの雑踏の中を歩いていないかずっと待っていたということだろうか。

 見えやすいところで。ずっと。雨に濡れながら。

 今日だけじゃないだろう。恐らく何日も。

 それはいったいどれだけ心に傷をつけていったのか。


「…奢るわ。暖かいものでも飲みましょう。さすがにそんな格好の女の子放っておけないもの」


 何日も待ちぼうけして今更待ち人が来るというのも考えにくい。もしも来たなら同じだけ待たせてやればいい。

 というかここまで話しておきながら放置なのは鬼畜すぎるでしょ。


「そんな、気にしなくても」


「若い子は遠慮しなくていいの。わたしは遠藤かおり、しがないジャーナリストよ」


「ええと…三鷹彩実です」


 暖かいもの、というワードにつられるぐらいにはやっぱり体が冷え込んでいたようだ。

 ここは店もいっぱいだし、あまり歩かず待たず入れるところぐらいあるはずだ。


 三鷹さんは空を仰いだ。


「雨、やみませんね」


「そうね。今日中には止むといいんだけど」


 冷たい雨がしとしとと降っていた。



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