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人殺したちのコンクルージョン  作者: 赤柴紫織子
終わりに踏み込んだ後
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九日目・岡崎 ■

 争う声が聞こえた。銃声と、悲鳴。直感的にあの二人が巻き込まれていると感じる。


どこだ、どこにいる。

 整備されていない坂道を下ることは不可能ではないがひどく難しい。

 片腕を庇いながら足を滑らせないように注意を払いながらどうにか歩ける程度のところまできた。

 方向は――こっちか。


 森はやけにしんと静まり返っている。

 そういえば、争っている音は何時の間に消えたのだろう。

 背中に嫌な汗が伝った。殺しても死なないような奴らではあるが…。万が一のことだってありえるのだ。


「明日香、岡崎」


 誰かが潜んでいる場合もあるが、名前を呼ばずにはいられなかった。

 向かっている方向が正しいか不安に思い始めたころ、濃厚な血の匂いが鼻腔をついた。

 慣れてしまた匂いではあるが。

 もしかしたら近くにいるのだろうか。


 それを辿るように歩くと、けたたましく腕時計が鳴った。

 なるほど、なかなか便利だ。不用意に潜んでいる相手に近寄ってもすぐわかる。待ち伏せ前提だったらどうにもならないが。

 呼応するように別のところでもまったく同じ音が鳴っている。――ひとつだけ。


 そちらへ警戒しながらゆっくりと進んでいく。

 やせっぽちの少女の背中が見えた。うなだれて、ますます小さく見えた。


「明日香」


「おじさん」


 少女は緩慢な動作で振り返る。

 音ですでに気づいていただろうに、しかし声を掛けるまで彼女はまったくの無反応だった。

 明日香のその表情から、ある程度は察せられてしまった。


「……岡崎は?」


 黙って彼女は首を振った。

 そして目を移した先に、果たして――


 脇腹から胸までを裂かれた岡崎が横たわっていた。


 顔は真っ白で、唇も青ざめ、血はすでに止まっている。

 傷から内臓が覗いている。

 明日香がやったのだろう、不器用ながら手が胸の上で組まされていた。


「…そう、か。そうなのか」


 死んだか。

 嫌な予感は当たり、そして間に合わなかったのだ。

 岡崎の顔の横にしゃがみ込む。


「水臭いじゃないか。もうちょっと待ってくれたってよかったのに」


 どこかほほ笑んでいるようにも見える岡崎の頬を撫ぜる。

 すでに体温は冷め始めていた。

 どれだけの間明日香は彼のことを見ていたのか。

もはや彼は傷の痛みによって表情を変えることはない。傷が痛まないように小切れにして喋ることもない。

うしなわれてしまった。

 どんなに祈ろうが、喚こうが、永遠に戻ることはない。


 明日香が無言で傍に転がる死体を指さした。

 初めてソレを意識して少しびくっとする。

 なんだこれ。顔の原型が分からないほどぐちゃぐちゃだ。


「…お兄さんがやりました」


 言葉少なに明日香は言った。

 そうだったのか。岡崎の最後の。至近距離でぶっ放せばそりゃそうなるよな。

 どれだけせっぱつまっていたのだろう、なかなかえげつないことをする。


「岡崎、よく頑張ったじゃねえかよ。俺にも見せてくれたってよかったのにさ」


 口から出た声は自分でも驚くほど虚ろだった。何日も一緒に生きて、殺して、話したから。そんなやつの死を目前にして脱力するしかなかった。


 最初のあの怯え具合からずいぶん変わったものだ。

 彼は彼の意思で戦いに臨んだのだろう。


「何が起きた?」


「…敵はふたりいました。この人と、あと女の人。お兄さんがこの人を殺した後、」


「女に殺されたのか」


「はい。女の人が激昂して、お兄さんを……私は、間に合いませんでした」


 ああ。そのことで責任を持ってしまっているのか。

 お前責任持ちすぎだろ、肩が痛くなるぞ。


 殺した直後に油断でもしてしまったんだと思う。

 そんな気のゆるみが命取りだったのだ。

 でもふつう、分からないよなそんなこと。いや、でも俺たちは結構隙を見て攻撃を繰り返してきたんだからそのぐらいは念頭に置いていても良かったと思うのに。

 …そんなこと、今更酷か。

 岡崎だって俺に責められるいわれもない。


「明日香。岡崎は、死ぬ前になんか言っていたか?」


「え?」


「即死じゃないなら一言ぐらい遺言預かってるんじゃないかと思って」


「あ…岡崎美空を殺せと。あとは、あとは…私に、おじさんと、生きろと」


「は? オカザキミソラの件は分かるが、それはいったいどういうことだ?」


「…分かりません」


 だよな。

 思えば何か前にも言っていたな、そんなこと。

 どちらか一方ではなく、両方生きろとそういっているのだろう。

 今どきの若いもんの考えは良く分からん。


 岡崎の手に嵌っていた、機能を停止した腕時計を外す。

 それを明日香に手渡した。俺は猟銃を手にする。


「形見。せめてこれだけでも、な」


「……」


「ブルータスの時も言ったが、あまりその死に責任を持つな。岡崎がマジで明日香に責任があると考えていたなら、生きろなんて言わねえしこんな穏やかには死なねえだろ」


 …早川の死を未だ引きずる俺に言われてどうする。自嘲して口元を歪めた。


「……そうですかね…」


「そうだよ」


 死に間際まで本心を隠しているとは考えづらい。

 それどころか「君に責任はないよ」ぐらいは言い残しているかもしれない。さすがに今は聞けないが。


「しかし、『生きろ』か…。生き残ってミソラを殺せって意味もあるんだろうなぁ」


  じゃあ、代わりにやってやらないと。

 死ぬ直前でも殺したい相手と言うのはよっぽどのことだ。

 死に目にあえなかったせめてもの詫びの意味も込めて。


「まずはあれだ、岡崎を殺した奴から血祭りにあげるぞ。生きているかは知らないが」


「ええ、ええ。そうですね。復讐は得意です」


 大得意中の大得意だろ、殺人鬼。


復讐は何も生まないが、とりあえず憎い相手は殺せる

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