九日目・油断 △
「ボウガン、威力は、すごい、けど。装填から、発射まで、時間、かかる、はず」
明日香ちゃんにそう言うと、神妙な面持ちで頷いた。
小さいころにテレビで見た気がする。
おそらく続けざまに撃ってこないのは矢が限られていること、そして時間がかかること。
さっき撃ってきてから時間がかかっているからもう装填はされてしまっているだろう。
襲撃を狙うなら、次。
しかし三度目の正直じゃないけどこんどこそ身体のどこかに命中してしまう気もする。
次はどこから来る?
さすがに同じ位置にはいないだろう。草を鳴らさないように慎重に移動していたとしてもおかしいことはない。
猟銃を構える。
あと二発。もうこれに入っている分だけだ。
いざとなれば本体で殴るとかもできるけど、祖父の形見で人殴るのはなぁ。
わざとらしいほど大きく草が揺れる。
息をのんでそちらを向いた。
矢の飛んできた位置が十二時の方向だとすると、大体二時ぐらいの方向。
僕はボウガンを弄ったことが無いから分からないが、そんなに早く動けるものなのか。
「あぐっ!」
空気の裂く音とほぼ同時だった。
明日香ちゃんが呻いて前のめりになる。
名前を呼び掛けて寸でで押さえる。代わりに姿勢をさらに低くし、彼女を抱きかかえた。
左二の腕に矢が突き刺さっていた。
骨は無事みたいだが貫通はしている。
「さっきの音と位置が違う…」
息も絶え絶えに明日香ちゃんが二時の方向とは逆——おおよそ十時の方向を指さした。
そっちから発射されたようだ。
どういうことだ。一瞬であっちに行けるわけがないし、風のいたずらにしては一部分限定過ぎる。
違う——最初から二人いたのか!あれは陽動か!
くそ、自分たちも似たようなことしてきたのに、全く考えがいかなかった。
十二時の方向から一人は二時方向、一人は十時方向に別れたのだろう。開けてみれば簡単なことだったのに!
「……」
どう甘めに見ても殺すつもりだ。次にうまく僕が射撃されれば陽動役が躍り出てくるだろう。
そんな――やられっぱなしで終われるか。
だけど二人も相手に出来るわけがない。それでもやらなくてはいけない。
身体が震える。
とても怖かったけど、でもみんな怖いはずなのだ。僕だけじゃない。
猟銃を持って立ち上がる。
いまだ。いま動かなければ手遅れになる。
「お兄さん?」
明日香ちゃんが、どこか抜けたように僕を呼ぶ。傍から見たら何してんだこの人って感じだろう。
振り返らないで手短に話す。
「さっきの音の方向を注意して」
僕がボウガンの持ち主を相手にしている間に明日香ちゃんが陽動役に襲われる可能性だってある。
弱っている彼女をそんな状況に置くのはかなりキツイが、それでも間近に迫る問題を片付けていかなくてはいけない。
ジリジリ弄ばれて殺されるなんて冗談じゃない。
身体中の痛みも忘れて駆ける。
足がもつれかけたけど勢い任せで足を前に投げる。
「そこにいるんだろう!」
木の陰。
僕の叫び声で緑色のニット帽をかぶった若い男性が顔をのぞかせ、驚いた顔をした。
突然押しかけてくるとはまさか思わなかったのかもしれない。
その手には今まさに装填されようとする矢。
そのまま転がるように男性を蹴りつけた。
顎に蹴りを食らったその人を少し通り過ぎ、息もつかぬ間に猟銃を構えた。
ニット帽の男性は状況が理解できないというように目を見開いていた。
理解できなくていい。
僕は無表情で引き金を引いた。
つんざくような破裂音。
至近距離から撃たれた男性の頭が、一瞬にして真っ赤な花を咲かせた。
僕にもびちゃびちゃと肉片が飛ぶ。
死んだ…?
やった、のか。
息を吐いて、猟銃を下ろす。
一瞬の油断、だった。
「お兄さん!」
明日香ちゃんの悲鳴が聞こえる。
彼女に何が起きたのかと顔を上げた時、誰かが僕に体ごとぶつかってきた。わき腹に鈍い痛みが走った。
ぼさぼさの長い髪がまず目に入る。
その人物はキッと僕を見上げた。唇を噛みしめた女性が、僕をものすごい形相で睨んでいた。
「よくも…っ!」
よくも…なんだ?
僕が何をした?
ええと、今、ひとを殺したんだった。
ああ、つまりこの人は陽動の人で、ニット帽の男性と組んでいたのかな。
妙に冷静に、そんなことを考える。
女性は僕のわき腹へ刺したナイフをそのまま上へ押し上げる。肉が引き裂さかれた感触。大事なものが切れてゆく感覚。
… ん? 刺され た? 誰 が?
僕が?




