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人殺したちのコンクルージョン  作者: 赤柴紫織子
終わりに踏み込んだ後
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九日目・始末 ■

 ふー、と息を吐く。

 明日香と岡崎がフレームアウトした。こんなこと予想できるわけがないじゃないか。

 しかも拳銃まで持っていかれているぞ。


 いっそのこと俺も一緒に滑って生きたい気分ではあったが、ゾンビ野郎もついてきたら絶体絶命じゃすまない気がする。

 大人しくここで始末つけるしかないようだな…。


 数が減ってちょうどいいって感じなのだろう。

 じりじりと近寄るそいつの得物は、ハンマーだった。

 武器としては少し頼りないが、ここまで生きているのだ。頭は回る方なのだろう。


「よう、そっちのゾンビ野郎と俺、どっちから倒すつもりだ」


 気さくに話しかける。

 手のうちには文字通り何もない。片手は骨折して動かすことは困難だ。

 だが、隙さえあれば――殺せる。


「……」


 ハンマー男は何も語らず。

 だが、せわしなく視線が揺れているのが分かる。

 様子から見るにゾンビ野郎の特性は知っているみたいだな。


「それとも和平の申し立てか」


「…命乞いか?」


「今の、命乞いに聞こえたか」


「おとなしくしていればすぐに死なせてやる」


「あー、あー。話が通じないことはよおく分かった」


 ようやく喋った、が、ちぐはぐだった。

 返答がおかしいというより、俺の話全く聞いていないのかもしれない。とにかく自分にとって都合のいいように変換していると見た。

 こいつもそうとう切迫しているようだ。

 そりゃあそうか。ここまで来て余裕な奴なんかいやしない。


「来いよ。お前は何を望む? 自由か? 金か?」


「関係ない!」


 あ、言葉通じた。


「その通りだな、関係ねぇ! お前のことなんか知らん!」


 威嚇の意味も込めて一歩強く踏み出す。

 相手も右手に強くハンマーを握り迎え撃ってきた。


 正面きって横なぎにハンマーが振りかぶられる。

 動作がでかすぎる。

 初めて会った時の明日香並に動きが分かる。


 俺にぶつかるギリギリでその手首を引っ掴んだ。

 間をおかず、そのパワーを流すように左から右へ腕を引っ張る。


「いっ!?」


 留守になった足を引っかけてそのまま地べたと濃厚なキスをしてもらった。

 良かった。まだちゃんと体は動く。

 骨折した部位が痛みを主張するが、ハンマーがここに直撃されていたらこんなもんじゃなかったんだぞと心の中で叱咤する。痛覚が切れればいいのだが、そんな便利に人間の体は出来ていない。


「なんだお前…」


 安全のために手首をかかとでふみつけ、指の力が緩んだ間にハンマーを取り上げる。

 先ほど頭は回る方なのだろうと考えていたが、この計画性の無さじゃとっくの昔に死んでいてもおかしくない。

 極限状態で冷静さを欠いていたとしても、だ。


「今まで安全地帯で震えていたってクチか?」


 卑怯だ。

 だが、ルールとしてはズルじゃない。別にノルマ何人殺せと言われてはいないのだ。

 最後に残った人間を殺して勝利を奪い取っても失格じゃない。

 大切なのは最後に残った人間だけがこのゲームをクリアできるということだ。

 そして、卑怯だなんて俺が言えたことじゃない。


「そんな、そんな殺しまくる力があるわけないだろ! 人を何人も殺すなんて化け物だ! 狂っている! おまえらみんな狂っている! まともなのはおれだけだ!」


 地面に這いつくばりながらハンマー男は喚いた。

 顔をゆがめ、口の端から泡を飛び散らせながら、俺を睨みつける。

生にしがみついている男が、必死に自己肯定をしている。


どれだけコイツの前で殺戮が行われたのかは知らないが、そんなことを言うほどにはいろいろあったんだろう。

だがな、俺もいろいろあったんだ。


 胸倉を掴み無理やり立たせた。


 完璧に狂えたならどれだけいいか。

 明日香だって、自己のことが分からないぐらい壊れてしまえれば幸せだったかもしれないのに。


「食われろ。じゃあな」


 言葉を手短に終わらせ、すでに近いところまで歩いて来ていたゾンビにハンマー男を託す。

 危なかった。ぎりぎりだ。もうすこし悠長にしていたら二人まとめて食われていたんじゃないか。


 突き飛ばした勢いが良すぎたのかゾンビとハンマー男はもみ合うように倒れた。

 いや、ハンマー持ってないとハンマー男じゃないな。

 少しだけ考えて、獲物を投げ返してやった。

 その時にはすでにゾンビ野郎はハンマー男の頬の肉を噛んでいた。


「あああ、があああああ!!」


 男も男で叫びながらハンマーを振り下ろす。

 ゾンビは負けじと肉をかみちぎる。


 血と肉片とハンマーが踊り狂う。

 ゴス、グシャ、バリバリ、クチャクチャ、ボコリ。

 俺の貧相なオノマトペじゃここまでが限界だ。

 少し遠くからそれを観察していた。吐き気も催した。仮に別のゾンビ野郎とまた今後会った時用にヒントはないか見ていたが何も得られなかった。


 やがて、殴打音は無くなった。

 残ったのはもはや先ほどとは同一人物だと思えない人の顔だったもの。

 そして、目に見えた外傷はないが(内出血も不明。どういう仕組みなのか)目に見えて弱っているゾンビ野郎。まだ口を動かしている。


「……生きているのかよ…」


 あんなに頭殴打されていたのに。

 丈夫な枝を手にそっと近寄る。そして屈みこみ、一息に眼孔から脳へ一直線に刺す。

 中枢は後頭部の真ん中にあるはず。

 吐き気を呼ぶ感触と共に枝をめちゃくちゃに動かすと、ゾンビ野郎は激しいけいれんの後にようやく動くことをやめた。

 落ち着いてやればなんとかなる。そこまでの過程がアレだが。

 金輪際ゾンビとは関わりたくないものだ。


「さてと…」


 ゆっくりしてられない。あいつらを探さなくては。



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