九日目・責任 ○
どうしても京香にかぶって見えてしまった。
こんなに綺麗な死に顔じゃなかったけれど。
あの子は『わたしは犬じゃないよ』と怒るだろうか。
目を閉じ、動かず、体温がじわじわと冷めていく感覚。
喉元から吹き出ていた血が止まる。
じょじょに乾いていき指に絡まりつく血液。
ああ、死んでしまったのか。
もはやこの妙な犬に怒りすら湧かない。
京香が死んでしまった時のような無力感だけが私を苛む。
ブルータスを抱きかかえ、そばで死んでいる二匹のわんこを見る。
死んでまで、わが身を犠牲にしてまで殺したかったのだろうか。じゃなかったらあんなに臆することなく立ち向かえないもの。
——人のこと言えないか。私だって復讐の塊だ。
「私と……」
私と会ってしまったから、死んだのかな。
「明日香。お前のせいじゃない」
いつの間にかおじさんが背後に立っていた。
私はその姿を仰ぎ見た後に再び俯く。
「お前のせいじゃない。自惚れるな。ブルータスは別にお前を庇って死んだわけじゃない」
「……」
「こいつはこいつなりの戦いをして死んだんだ」
そう、確かにそうなんだけど。
私の呼びかけに今までは応じてたのにあの時は無視して突っ走っていった。
何を思ってはしっていったのだろう。それを知るすべはもうない。
「私に出会わなければ、まだ生きていたんでしょうか…」
「や、死んでたんじゃねえの」
ずっぱりとおじさんは言う。
「他の参加者に殺されかけてたんだろ。そこをうまく抜けても、また別のとこで死んでたんじゃないか」
「…私が助けなければ」
「じゃあ誰が助けていた。言っておくが俺は自分を最優先にする」
「前原さん、ちょっと……」
お兄さんがとめに入るが、言っていることは正しいのだ。
だが、私は私の呪いを信じ込んでしまっている。それを解かなければ、ブルータスの死んだ原因も私にあるんじゃないかとさえ思ってしまう。
「…死んでしまうんです」
「なに?」
「私に関わった人はみんな死んでしまうんです。みんな、みんな。京香も、あの人も、ブルータスだって」
「いきなり何を言い出すかと思えば。米を食った人間はみんな死ぬみたいな言い分だぞそれ」
「違う! まともな死に方をしないんです! ちゃんと布団の上で死ねないんですよ!」
顔を上げると無表情のおじさんと困ったような顔のお兄さんが視界に入った。
今日はやけに空が明るい夜だ。
私の叫びにしばし黙り込んだ後、おじさんがなんともいえない口調で言った。
「まともに死ねるわけないだろ、俺たちが」
「です、ね」
お兄さんは肩をすくめた。
「ね、明日香ちゃん、ブルータスには、ブルータスなりの、事情が、あったんだ」
「……」
「多分、君が、それを、邪魔していたら、恨まれてた。だから……言い方は悪いけど、良かったんだ。これで…」
…そうだろうか。
互いのことを知るにはあまりにも短い時間だったから、どうだろう。
あのまま見殺しにさせていたらーー確かに、恨まれていただろうけど。
「だから、今は、泣いてやりなよ。彼女のために」
私はずっと泣いている。
ずっと、ずっと、ずっと、ずっと。
泣いていないのは表だけで。
とめどなく、絶え間無く、愛する人のいない世界で泣き続けている。




