二日目・俺とカマかけとファンシー ■
世の中には体術、柔術、剣術、棒術――あげるのも嫌になるほどに多くの術がある。
忍術は知らない。俺専門外だし。
完璧、までとは言わないが俺もメジャーなものはひととおり押さえている。もちろんナイフ術もだ。
だからと言って安心は出来ないわけだが。
相手もナイフ術を知っているのなら五分五分――体力と技術がものを言う。
体力はともかく、技術なんだよな。
相手が俺よりとんでもなく技術が上だったら絶体絶命。というより死ぬ。
明日香に見せるとは言ったが、残念ながら講師できるほどじゃないのだ。
せいぜい参考程度か。
しかしまあ、がむしゃらに刺し殺すよりかはマシなんじゃないかなとは思う。
明日香は勢いだけで、あとはスキだらけ。
ちょっと対処を知っていればいなせてしまう。だからこそ俺に殺されかけた。
相手を見据えたまま軽く人差し指で刃をなぞる。
たまに刃物を舐める描写がある漫画やら小説があるが、舌を縦に切りたいのだろうか。
結果を言うと、明日香のナイフの刃は刃零れしていた。
むしろ昨日からの扱いを見てると刃零れ程度で収まっていることがすごい。
雑なんだよ、扱い。
――まあ、突ければいいから問題はあまりないが。
さて、どうしたものか。
相手は大振りなサバイバルナイフだ。
切るだけに特化はしていない。殴るように突く感じだ。
別にナイフの種類なんかどうでもいい。
問題は――数だ。
何本あるのか。どこに持っているのか。
それらを見落とせば、ほんの一瞬できた隙で殺されかねない。
聞いても素直に教えてくれないな。常識的に考えて。
「――その立派なモンは後で出すのか、もったいないな」
だから、カマをかけることにした。
聞き方が怪しい気もするが気にしない。
「なんのことだ」
はい、カマかけ失敗。
こいつ表情変わんねーのかよ。めんどくさいな。
「おじさん、その人腰になんかありましたよ。多分もう一つ武器あるんじゃないですか」
俺の後ろから明日香が平坦な声で指摘してくる。
「どこだ?」
「だから、ほら。腰の後ろに。ばっちし見えてますよ」
「ああ、あれか」
「なっ!?」
相手は僅かに焦りを見せ、腰に手を触れる。握る動作からするとナイフだな。
かかった。
後方で明日香が小さく鼻で笑った。
なかなか機転が利く。ここまでまったくのアドリブだ。
ともあれ、今がチャンスだ。
ナイフは二本――二刀流はしないようでホッとした。
俺は姿勢を低くし、相手に向かって踊りかかる。
相手は即座に俺を迎える準備をして首元にサバイバルナイフの狙いをつけてきた。
そのぐらいは予想していたので空いている手で弾いた。
「く……!」
さっきの件もありかなり動揺している。
奴はもう一本へと腕を伸ばした。
――そうはさせるか。
刃の部分を上になるようにひっくり返す。
そして、腹にナイフを刺し、上までかっ捌いた。
血のシャワーが盛大に俺の服を濡らす。
どうっと相手は後ろへ倒れた。
「……悪いな、俺もがむしゃらだった」
見本どころじゃない。
「いえ、生死かかってますし。それより」
つっ、と俺を指差して。
無表情のまま、だが楽しそうに。
「ずいぶんファンシーな服になりましたね」
「眼イカれてんじゃねーのお前」