二日目・私と白と杏仁豆腐 ○
身体を拭き終えて戻ると、おじさんがえづいていた。
ちょっと反応に困って離れたところでしばらく立ち尽くしていた。
戻ったら死んでました、なことはなかったからそこら辺はよく思うべきか。
まあただでは死ななそうだけど、この人。
近くにはロウみたいに真っ白でぶよぶよしてそうな死体。
なるほど、あれが原因か。
何故水死体 (かもしれないやつ)が陸上にあがり、そばでおじさんが苦しんでいるのか
因果関係がまったく理解できないが。
私には関係ないことだろうから深くは考えないでおく。
少し落ち着いたのを見計らって声をかけた。
二言三言会話を交わし、あまり関わってほしくなさそうだったのでしばらくそこに突っ立っていた。
小さいながら川がある、ということは山もあるのだろうか。
ぐるりと辺りを見回すが木でギリギリ空が見えるぐらいだ。
本日は快晴なり。
「あー……」
よろりとおじさんが立ち上がる。
そして額に浮いた汗を拭いながら私を見た。
「トラウマが胃の中で暴れまわってやがる」
気持ち悪そうにみぞおちを擦っている。
私も分からなくはないので頭を縦に振って同意をした。
「おじさん、意外と打たれ弱いんですね」
「おお。ギャップ萌えするか?」
「刺しますよ」
「やってみろ、首絞めてやる」
お互いにその気は全くないが。
今ならおじさん弱っているからいけるかもしれないけど。
「ちくしょ、感触が消えねぇ」
手をグーパーしながらおじさんは毒づいた。
感触って、死体の感触か?
ということは以前なんらかの形でああいう死体に触れたとか。
彼も彼でかなりの過去があるみたいだ。
「杏仁豆腐とかしばらく無理だな…」
白くてプルプルしてるからか。
「そもそもこの島で入手可能なんですかね。――あ」
後ろから気配を感じ振り向く。
がさがさと音がしたあとに男の人が飛び出てきた。
バンダナを首に巻き、サバイバルナイフを手に下げている。
「……子供?」
私を見て眉をひそめられた。
しかも横には殺しあうわけでもなく、ただ男が立っている。
なかなか謎な光景だろう。
「はじめまして、私は明日香。あなたの名前は?」
「…言う必要を感じない」
おや。つまらない人だ。
名前も残さずに死んでいくつもりなのか。まあ、教えてもらっても数日で忘れてしまうけど。
おじさんが私に近寄り、手のひらを見せた。
数秒それを見つめたがいまいち意図が分からないために自分の手を載せてみた。
「ちげぇよ!」
「……手相を見ろってことですか」
困った。
私、結婚線しか知らないのに。
「なんでだよ!ナイフよこせって意味だ!」
「え」
仮に渡したら完全に私は丸腰となってしまう。
いくら殺されるにしても一方的にやられることだけは避けたいのだが。
「なにイチャイチャしてるんだ?そちらから行かないならこちらからいくぞ!」
構えた。あといくらもたたない内にこっちにくる。
…イチャイチャって。そう見えるか。
「だぁ、もう、明日香!」
悩んでられない。
迷いで殺されるなんて馬鹿な死に方はしたくない。
鞘を抜いておじさんに渡す。
「見とけよ明日香。これからはがむしゃらに突っ込んで勝てる試合はなくなるぞ」
「分かりました」
それはがむしゃらに人を殺した私への皮肉だろうか。