八日目・蠱毒
「こどく…ってなんですか?」
独り言のつもりだったけど明日香ちゃんに拾われた。
告解は知っているのに蠱毒は知らないのか…。
実のところ僕もあまり詳しくはないけど、かいつまんでなら何とか説明できるか。
「昔々の、呪術かな。壺に、たくさん、虫を入れて――」
「食べるんですか?」
「食べるつもりかよ」
明日香ちゃんの渾身のボケ。しかも多分これ天然ボケだろうなぁ。
それを前原さんが即座に潰した。
息ピッタリじゃないか。
「――埋めて、共食いさせて、しばらくしたら、掘り起こして、最後に、残っていた、虫を、呪い、の、材料に、するんだ」
それはそれは強力な呪いを生み出すと。そう聞いたことがある。
こんなことを考えた昔の人はトチ狂っていたのだろうか。
考えてみればこんなサバイバルゲーム考案した現代の人も十分トチ狂っていた。問題ないな。
「……なるほど。それが今の状況と合致しているというわけですか」
「確かに考えてみれば最後の1人になるまでってあたりまでは似通っているな」
ふぅむ、と伸びてきたひげを擦りながら前原さんは唸る。
ちなみに僕はひげの伸びがあんまり早くない。本当にどうでもいい。
「でも最後の1人になったらどうなるんだって話ですよね。私たちは虫じゃない」
「うーん、話が一巡したな。元に戻ったというか」
こればっかりは僕たちの間で答えが出せるというものでもない。
ええと、何の話だったっけ。ああ、『殺人を犯せる人間が集められたのではないか』っていう内容か。
ちょっと待てよ。
蠱毒と照らし合わせて考えてみると、これじゃあ…。
みんなも同じことを思いついたのか前原さんは一段と険しい顔に、明日香ちゃんは表情を凍らせた。ブルータスは寝た。
「終いにはどこに出しても恥ずかしくない殺人鬼が出来上がる――ってことか?」
「そんな、馬鹿な、と、いいたい、ことですが…」
「これ、肯定も否定もできませんね。ゲームが終わったらそのまま殺すことも、はたまた拾い上げて何かに使うということも考えられますから…」
「何か…って、なん、だろう」
「案外テロリストだったり暗殺者だったりしてな。殺人に抵抗のなくなったやつにはピッタリな求人じゃねえの」
頬杖をついて可笑しげに笑いながら前原さんは言う。
悪ノリというか、ブラックジョークとかそういう類が好きらしい。その証拠になんだか生き生きしだしている。
「それなら、裏で、こっそり、育てれば、いいもの、を……」
その人材をどっから引っ張ってくるんだという話でもあるけど。
「自分の意思で人を殺したことのある人間と訓練しただけの人間は違うと思うがな。なあ明日香?」
「はぁ。そうですかね」
大量殺人鬼の少女は話を振られたものの、めちゃくちゃどうでもいいといった返事しかしなかった。
それでも律儀に少し考えてから、彼女は言う。
「でも私の場合、原動力が復讐でしたから。知らない人間に知らない人間を『殺せ』といわれても殺せるかどうかは分かりませんよ」
「それもそうか……いや、今はどうなんだよ。復讐もあらかた終わったお前は」
「あぁ…。どうなんでしょうね。なんとなく、勢いで生きて、殺している気もします」
「野生に戻ったほうが良いんじゃないか。人間世界は辛いだろう」
「酷い言い草ですね…!」
明日香ちゃんには悪いが、それは僕も思った。
ここ数日見ているとけっこう適応しつつ生きていかれるんじゃないかと思う。
復讐に気が狂い殺人で理性のストッパーが外れたっきりなんだろう。…こんな言い方じゃ、まるで殺人ジャンキーみたいだ。言うのは止しておこう。
さて、だいぶ脱線した話を戻そう。
確かに覚悟を持った人間とそうじゃない人間の差は無視できないだろう
――別にそういう、テロリストやらなんやらとして迎え入れる話であるのならば、という話だけど。
どこまで行っても堂々巡り。
考えるだけ馬鹿らしくもなってくるが、果たして『コレクト』をクリアしたときこの数週間のことが報われるような約束がなされるのだろうか。
どうなんだろうな。殺されちゃうんじゃないかな。
強力な呪いを生み出す――か。
仮にこれが蠱毒の真似事だとしていったいだれがそんな呪いを欲しがっているのだろう。
僕には皆目見当もつかず、そして永遠にそれを知ることはできないだろう。