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人殺したちのコンクルージョン  作者: 赤柴紫織子
終わりの一歩前
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八日目・前原籠原の告解 中

 おじさんは妙に女々しいところがある気がする。

 「んー、どーしよっかなー」とか話題をもったいぶってなかなか話さない女子といった感じ。私の周りにもいた。

 それだけ本人に区切りがついていないということなのだろうか。過去のこととして話すことができないのだろうか。


「俺が特殊部隊員だったことは覚えているな?」


「はい」


 お兄さんが頷く。

 私は忘れていたがしらばっくれておく。


「そんなかで早川、という男がいたんだ。仲間内で一番親しかった」


 過去形。

 過去の出来事、過去の人物。

 なんだか、そこまで区切りがついているならあともうひと踏ん張りってところだと思うのだが。

 そんなにうまく行くものではないか。

 見えないものこそ扱いが難しい。


「年下とは言え年齢も近かったし、人当たりがいいやつで優しいやつだった。それに弟分って感じで二人でよく馬鹿をやっていたな。猫拾って寮に持ち込んできたから大喧嘩もしたし」


「……」


 恋人の惚気話を聞かされているようだ。

 早川さんなる人のぼんやりとした人物像がこれだけで分かるはずもないが、おじさんとつるんでいたあたり物怖じはしないタイプだったのだろうか。

 だっておじさん、顔がめちゃめちゃ怖いし。初対面の時ビビったし。


「ずっといつまでも同じように過ごせるもんだと、思っていたんだ。俺は」


 そういうものだろう。

 子供のような考えではあるだろう。でも、幸せな時はそれが永続していくものだと思い込んでしまう。

私もそう思っていた時期があった。

 何の根拠もなく、京香とずっと過ごすんだと思っていた。すべてのしがらみを捨ててずっと。


「でも、そうは、ならなかった」


 お兄さんがすっぱりと私たちの幻影を切った。


「……ああ」


深くため息をつきおじさんは額に手を当てた。


「野外訓練で、川渡りがあったんだよ。そんなのは今更珍しくもないし俺たちだって何度もやってきた」


「なにかイレギュラーでも起きたんですか?」


「起きた。雨の影響で普段より流れが速くて、しかも早川の具合が芳しくなかった。あいつ我慢していやがったんだ」


 やすやすとは訓練休めないんだろうか。

 それとも心配かけたくなくて黙っていたとか。早川さんのことなんにも知らないから分からないけどね。


「俺は、気付けなかった」


 相棒の体調不良を見抜けなかったのも罪を感じているひとつなのだろう。

 こういうの隠し通すの上手い人は本当に上手いからなんともいえないんだよね。

 鈍感な人と上手に体調騙す人のセットは一番危険だと思う。

 ……。

 おじさん、鈍感だったとか。

 そんな気はしないんだけどなぁ。



「川は…深かった、んです、か?」


 重要なポイントを押さえていくお兄さんはすごいと思うがわざわざ痛みを我慢してまで言うことなのだろうか。

 だったら私がいろいろ質問しろよって話なんだけど。


「深かった。腰ぐらい」


 それは深い。…のだろうか。

 深いんだろうな。腰ぐらい、というのはおじさん基準でのことだろうから。私なら腹まで浸かっているはず。


「体調不良、流れのはやい川。もう後は分かるだろってか、結末考えれば分かるだろ」


「投げやりになりましたね」


「…足でも、滑らせた、とか?」


「そうだよ。足を文字通りすくわれた、というのも正しいかもしれない」


 話すのが精神的に辛くなってきたのかいささかぶっきらぼうに頷いた。


「ちょうど俺はあいつの後ろにいたからとっさに腕を取ったんだ。そんでこっちまで流されかけたからそばにあった岩をつかんだ。でもまあ、激しい水流と成人男性を長時間つかむことは難しくて、な」


 岩を掴んでいたほうの腕は悲鳴を上げていただろう。

 千切れんばかりだったに違いない。


「ほかの人は?」


「助けにこようとはしていたけど自分の身ひとつで精いっぱいだったはずだ。重い荷物背負ってたし、疲れもたまっている時期だったから」


 ――なるほど。本当に自分のせいにしてしまっているのか。

 周りがどうのとかはまったく考えずに。

 周りが助けてくれればよかったのに、じゃないのか。

 そういう考え方をしていればいくらか楽だっただろうにな。自分だけでしょい込んでいたら生きづらいことこの上ないだろう。


「それで俺の体力も限界だった。早川の手を離すか、岩を離すかの――違うな。早川と死ぬか、俺だけ生き残るかの二択だった」


 片手でおじさんは顔を覆う。

 表情を見られたくないのか、懺悔の意味なのか。


「あいつは『離さないでくれ』といった」


 …どんな思いで言ったのだろう。

 無我夢中で。多分水も飲んで、頼みの綱の相棒に向けて。

 そこに吐き出された言の葉は純粋な生存本能だったのか。


「それで、おじさんはどっちを選択したんですか?」


「明日香ちゃん」


 どこか咎めるような目でお兄さんが私を制止する。

 そんなことを言ったって。これまでの話の流れて大体は予想がついているはずだろう。

 おじさん自身が早川という人を「殺した」といっているし、仮にロープを離し二人で流されておじさんだけ生き残ったとしても、ここまで自責の念を感じることなんて、それが高じてこの島に来ることなんてありえなかったはずだ。

 だから、もう分かっている。


 おじさんは罪を認めて罰せられたいのだ。

 なら、その手助けするのが情けってものじゃないか。


「――早川の手を、離した」


 ね。


『離さないでくれ』。

 おじさんだって弁護すれば好き好んで離したわけじゃあるまい。

 自分の命を優先した、ただそれだけのことだ。

 

———それは殺したというのだろうか。


 ああ…。呪縛か。

 死に際の京香が残した『愛している』という言葉がいまだに私の奥深くに突き刺さっているように、おじさんの中でも抜けないままなのだろう。

 無意識だとは思うんだけどな。


「その…なんというか、いつまでも、死んだ人、を、引きずるのは、よくないと、思います」


 慰めのつもりでいったお兄さんに悪気はないだろうが。

私は苦笑いをした。

 そんなにあっさりと切り替えられていたなら、私は人を殺さなかっただろうから。




引っ張った割には短い事件だったね…(困惑)

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